2010年9月16日木曜日

ブログ休載します。

そろそろ涼しくなってきたからしばらく冬眠します。

ネタ切れしたわけじゃないからそのうちまたやるよ。

2010年8月15日日曜日

勝つために必死なんじゃなくて、

アリバイ作りに必死なんだよ。

改革は上手くいってます、ってね。


いつしか選手もサポーターも、

アリバイを成立させることに喜びを感じるようになる。


確かにそれも一つの幸せの形だろうな、とは思う。

それさえ幸せでいられれば、他に何を失っても怖くはないのだから。

2010年8月12日木曜日

名古屋戦の結果を見てから・・・。

次を見てから・・・

      だから今は一丸となって・・・

   方向性は間違っていないから・・・

 次・・・ 次だよ・・・

     気持ちを切りかえて・・・ 



そんなことを繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し 繰り返し !!!!

そうやって先延ばし先延ばし先延ばし・・・してきて、去年一体何が起き、今年になって何が起き、何が変わった?

そして今また何が起きている?



決断せよ。


できなければ、先にサポーターひとりひとりが、最後の決断をするだろう。

人を助けられる人になりたい。

助けてあげたいのに、どうしたらいいのかわからない。
そういうのもやっぱ才能なのかな。経験なのかな。

2010年8月10日火曜日

チャンスは作れているのに何故得点できないか?

チャンスにも“質”があるから。

サイドからクロスを入れても中で受けるFWなりが垂直に跳ぶかたちでヘディングしている、もしくは足元にパスを受ける感じでシュートを打っている。それも相手が完全に守備に戻りきっている状態で。

これで監督が選手の決定力の無さを言い訳にしているのは明らかに間違っている。


FWがゴール前に飛び込んでくるタイミングでクロスが上がっていないから点が入りにくいだけ。

それが出来ない理由は当然、サイドの攻略に時間が掛かりすぎているから。
もしくはサイドを使う必要の無い場合でも無駄に時間を掛けてサイド勝負に持ち込もうとするから。


そして質の悪いチャンスを数多く作って満足している間に、逆に相手には質の良いチャンス一発でやられている。(いや、正しくは“何度もやられている”か。)

大宮も神戸も90分ずっと引いて守っていたワケじゃない。
勇敢なのか無謀なのか、浦和がナメられたのか、10人になっても攻撃の際には必要な人数をかけていた。

つまり浦和にとっては奪ったら素早く展開するチャンスがゴロゴロ転がっていた。
にもかかわらず、ベンチからは指示も鼓舞も激も飛ばない。(ボールを蹴れるのは11人だけだが、戦うのは11人だけではない。)

攻撃に無駄に時間を掛け、時間を掛けたわりに得点の可能性の低いチャンスを作り、それを延々繰り返し、改善しようという意志も見られないままに、90分という限られた時間を無駄に浪費する。
点が取れないのは、決定力のせいではなく、暑さのせいでもなければ、ましてや運が悪かったせいでもない。

今のチャンスの質に「あとは決めるだけ」と満足しているからだ。

なぜ質が悪いのか。
それを裏返せば、点が取れない原因、取られる原因、勝てない原因はおのずと見えてくる。



もっとも、「内容は良くなっている」「それが理解できないやつはサッカー知らない素人」と言う自称サッカー通の方々は、今の質にある程度満足していて、勝てるようになると言うのだから、サッカー通になりたい人はそれを信じてみれば良いと思う。

自分はサッカーも野球も相撲も、或いはビジネスも、勝利の方程式は同じだと思っているから、別にサッカー通になったり、サッカーの芸術性が理解できるようになったからといって、クラブの勝敗や未来が予想できるようになるとは思わない。

2010年7月30日金曜日

避難所スレ。

エリカ様の弛んだ尻に押しつぶされたい今日このごろ。

みなさんいかがお過ごしですか。

2010年7月27日火曜日

負けて言い訳する奴は、勝ったら必ず驕る。

「最悪勝点1でもいいや」

なんて気持ちの奴らはよ

ちっと勝ったぐれぇで慢心するぜ。

2010年7月23日金曜日

2010年7月22日木曜日

2010年7月19日月曜日

ガンバ戦

同点に追いついて選手も監督も大喜び、か・・・。

集中力以前の問題。

足りなかったのは集中力じゃなくて志。

2010年7月18日日曜日

絶対優勝。

しっ つっ こっ いっ ようだけど、

優勝しかないです。


絶対優勝、意地でも優勝、クソでも優勝。


W杯で中断した分、リーグ日程に歪が生まれてるわけで
これからの夏のキツイ時期をどれだけ良いコンディションで乗り切れるか・・・
それが今期の変則日程の優勝争いで最も重要な鍵になってくると思います。

ナビスコを予選で落としたことを超!ポジティブに考えれば
リーグを征するにはコンディション面で良いアドバンテージになりました。

選手を次々レンタルに出して
そのアドバンテージも消えたのかもしれないけど
戦力的な余裕と自信があってのことだと信じたいです。

なんにせよ、選手層や各ポジションの選手の質は他の強豪に見劣りすることはなく
資金も他クラブと比べれば贅沢なほどあります。

欧州列強と比べて貧乏だなどと言うのは詭弁であって
欧州リーグで優勝せよと求められているわけでもなければ
いますぐ世界トップレベルになれと求めているわけでもないんです。

Jで優勝を狙うには充分な土台の上に立っている。

だから絶対優勝。

求めているのはそれだけです。



サポーターも
コンディション管理だけは本当に気をつけて下さい。

これからの夏の暑さと、W杯イヤーの変則日程は
選手だけじゃなく、レッズを追い続けるサポーターにとっても
かなりキツイだろうから。

サポーターが遠征や連戦で体調を崩して、その後の試合を休んだら
それはレッズにとっての戦力ダウンだから。

リーグ終盤になれば選手もサポも総力戦。
そこまで良いコンディションを保って、
元気にプレーし、元気に応援しましょう。

2010年7月16日金曜日

サッカー新時代。オフサイドの解釈の変更に伴って変化した世界の攻守のバランス。そして新時代を戦う為に見つけるべきレッズのバランス。

 まず最初に、今日はフィンケへの批判ではなく(笑)、考察と提案が主体のブログであることを記しておきます。(毎回そのつもりなんですけどね)

 たとえ批判と捉えられてしまっても全く構いません。クラブの成長をただ見ているだけではファンでもサポーターでもなく、ただのお客さんでしかありません。いちサポーターであれば、批判することも必要なのです。
我々サポーターは、クラブの成長を見守るのではなく、自分達自身が育てていく意識がなければなりません。そうしなければ、皆の理想とするクラブにはならないからです。
 
 いつかレッズがそんな批判をせずとも、しっかりと世界の荒波の中を進んでいけるクラブになったら、その時はビューボックスのチケットを買ってワイングラスを傾けながら観戦します。




 今朝の埼玉新聞に、一面からスポーツ欄にかけてフィンケ監督のインタビューが載っていました。内容はいつものボールオリエンテッドうんぬんです(笑)。

W杯ベスト4に残ったチームは皆ボールオリエンテッドなサッカーだったとか。それを目指すには時間がかかるとか。ほんとにいつものお決まりの文句が並んでいるだけなので詳しい内容には触れません。


 ただ、フィンケ監督にとっても、今回の南アフリカW杯から受けた影響は少なからずあったような雰囲気は感じられる記事だった(キャンプでの守備の改善について少しふれている)ので、リーグ再開に向けてのフィンケへの希望としてとらえても良いのかな、とも思いました。

 

 フィンケ監督が今目指しているサッカーは、自分には80年代後半にミランを率いたアリゴ・サッキのプレッシング戦術の模倣でしかなく、時代の流れを読んだモダンサッカーだとは思えません。(これについては後日詳しく書ければ良いと思っています)

90年代前半にフライブルクで旋風を巻き起こした時代においては、確かにモダンであったとは思いますが・・・。



 コンビネーションうんぬん、新しい戦術改革うんぬんなどは、やって当たり前なのです。

オフトやギドやオジェックもやってきている当たり前の事なのです。当たり前の事をやって、どんな結果が残せるかが大事なのです。



 時代の流れを汲み、さらに時代の先を読み、自分達に合ったバランスを見つけること。

これはどんなクラブにも、どんな監督にも求められることで、その中で結果を出していくことが、時代のトップを生きていくことに繋がるのです。



 60歳を越えれば、男なら誰でも頑固になったり、新しい物を吸収する力が衰えたりはしますが、今回のW杯で垣間見れた世界のサッカーの流れが、フィンケ監督に少しの変化を与えることを期待します。



 以下、そのあたりをレッズの歴史と世界のサッカーの流れを、2005年に行われたオフサイドルールの解釈の変更にからめながら考えて書いていきたいと思います。





 ギド・ブッフバルトが浦和の監督に就任した時に、どんなサッカーを目指すと言ったか、どれだけのレッズサポーターが覚えているでしょうか。

http://www.urawa-reds.co.jp/tools/page_store/nimages/news_1006.pdf

攻撃的サッカーをしたいと言ったのです。

そして、こうも言っています。

http://www.urawa-reds.co.jp/archive/R_voice/Vol54/p04.html

「私は、1-0で勝つよりも3-2で勝つほうがいいと思っています。スタジアムにいらしたみなさんも、魅力的なサッカー、攻撃的なサッカーを期待しているでしょう。そういうサッカーをお見せしたいと思っています。」

結果はそれ以上に良くて、守備もしっかりできていましたよね。優勝も経験しました。





 最近、どういうわけかギドやオジェックの時代のサッカーを腐すような事を言う人が多いような気がしますが(誰かを持ち上げる為のスケープゴート?)、過去というのは大袈裟に美化されることもあれば、逆に負の遺産であるかのようにも言われるものですね。

上にアドレスを載せて書いたように、ギドが目指していたものの根幹はフィンケが目指しているものと変わりなく、攻撃的で魅力的なサッカーです。それなのになぜ「ギドの時の古いサッカーに戻るのはうんざり!」などという意見が出てくるのでしょうね。



 ギドの時代には、その時代のサッカーがあり、その時代の課題があり、それに取り組んだ結果として優勝を経験できたり、また新たな課題を見つけることができたのです。決して負の遺産などということはありません。誇れる財産です。







 オジェックになってからは、攻守のバランスを、より守備的にシフトしました。

では攻撃的サッカーを志向しなかったオジェックは批判されるべきでしょうか。それも違います。

守備的なシステムへのシフトはオジェックの志向、或いは嗜好によって成されたものではありません。



2005年にオフサイドルールの解釈が変更になったのが原因です。

オフサイドポジションにいる選手でもプレーに直接関与しなければオフサイドは適用されないというルールです。

(ちゃんと調べていなくて申し訳ないのですが、確か2003年頃から本格的に始まったプロジェクトで、細かい解釈の違いやニュアンスのズレによって生まれる誤解を、ハッキリ明記して施行されたのが2005年だったかと思います。記憶違いだったらごめんなさい。ググり方が下手なのでいまいち正確なソースが見つかりませんでした)





 このルール変更は、世界のサッカーの戦術スタイルに大きな影響を与え、選手のポジションごとの役割にも多くの変化をもたらしました。



 攻撃側がオフサイドトラップをかいくぐる戦術を考案し、守備側もまた、オフサイドトラップの頻度を減らしてリトリート戦術の比重を高くしてこれに対抗したのです。



 つまり、ミランでのアリゴ・サッキの戦術改革から始まった最終ラインを高く保って前がかりに攻めるプレッシングサッカーやポゼッション偏重サッカーの時代は終焉へ向かっていったのです。



 オフサイドトラップを狙うことが難しくなり、それに伴って最終ラインの裏を取られる可能性が大幅にアップしたことから、守備時には前線からのプレッシングを仕掛ける手法ではなく、一旦自陣にリトリートして守備ブロックを作ってからプレッシングを開始する手法が主流になり、それまでの前後がコンパクトな陣形から、全体が少し間延びしたシステムが採用されることが多くなったのです。(後に詳しく書きます)



 守備ラインを高く保つシステムが好まれた時代には、GKが高い守備ラインの背後の広く空いたスペースを埋めるべく前方に飛び出していって守備に参加する為に、足元の技術の向上も大きなテーマとなっていましたが、オフサイドルール変更によって、それほどGKにフィールドプレーが求められることもなくなり、本来のゴールマウスを守る仕事に専念できるようになった、というのも大きな変化です。

(GKが攻撃の組み立てに参加する機会の多い戦術スタイルが主流の現代サッカーでは、GKの足元の技術が必要な時代であることに変わりはありませんが、ゴールから離れた遠い位置まで飛び出していって守備をするという機会は今後ますます減っていくと思います。)



 サイドバックの上がりについても、裏をとられた場合の危険性が高まった為、一時期流行った両サイドが同時に高い位置取りをするような(例えばオシムサッカーのような)戦術はハイリスク過ぎる為にあまり見かけなくなり、片方のサイドが上がれば片方は絞るなどのオーソドックスな手法を選択するチームがほとんどです。



 近年、フォーメションの表記が、4-4-2は4-3-1-2や4-4-1-1、4-5-1は4-2-3-1や4-1-4-1など、以前のDF、MF、FWの3ラインの表現ではなく、より細分化した4ラインで表現するのが主流になりました。

これもオフサイドの解釈が変わったことにより高いライン設定のチームが減り、全体が少し間延びしたシステムが流行し、それぞれのシステムの違いを、より細かく表現する必要性が生まれたからだと言われています。





 今回の南アフリカW杯では、スペインやオランダなどが、本来の攻撃的サッカーができていない、という評価をする人が多くいましたが、こういった国のサッカーに変化が生まれたのも、オフサイドルール変更が少なからず影響していると言えます。



 スペインやオランダのように、ほとんどの試合を自分達が攻撃の主導権を握ってプレーできるチームであっても、やはりオフサイドルール変更後から、カウンター対策として最終ラインの位置取りや攻撃時にかける人数の見なおしが繰り返し行われ、W杯本番までに辿り着いた結論が、やや守備時のポジション取りへの意識が強まったあの攻守のバランスだったのです。



理想はもっと攻撃的で美しいパスサッカーやポゼッションサッカーであっても、万が一守備ラインの裏をとられて失点してしまっては、一発勝負のW杯の戦いで勝ち上がることが難しくなってしまいます。

リスクを犯した積極的な仕掛け(攻撃)への拘りはひとまず我慢して、攻守のバランスに重点を置いたのは、ルールと現実から導き出された、勝つための必然の選択だったのです。





 2006年のドイツ大会でもこのルール変更の影響で、ラインを高くして守るチームは少なかったものの、ルール変更からあまり時間が経っていなかったことで、それに対応した攻撃戦術、守備戦術が各国で徹底されるまでには至りませんでしたが、今大会ではほとんど全ての国がそれらの戦術を理解、マスターし、それゆえ、素早くリトリートし、ガッチリ守備を固める国が多くなったのです。

日本やスイスのように最初から守備的な戦いを強いられる国だけでなく、勝つことが義務となっている強豪国にとっても、それはなおさら大事なテーマだったはずです。





 オフサイドルール変更の当初は、これは攻撃側に有利なルールだと言われていました。

例えば2トップで相手の守備ラインと対峙した場合、片方のFWがラインの裏を狙う動きで相手のDF選手を引き付けてラインを乱し、もう片方のFWが裏を取るなどの戦術が可能になるからです。

以前のルールでは、守備側はどちらか一方のFWでもオフサイドトラップにかけてしまえばよかったのですが、現行ルールでは「プレー(ボール)に関与する選手」を見極めてオフサイドにしなければいけません。



 「プレーに関与する選手」の解釈が、今後もっと細かく規定されたとしても、同時にそれをかいくぐる戦術も複雑化するのは確実で、それを審判が人間の目で「関与した」「関与していない」と振り分けることは困難で、たとえビデオ判定を導入しても、そこに関与する意志が選手にあったかどうかを見極めることは不可能です。

これをDFの選手が自分の目で瞬時に判断してオフサイドトラップをかけるのはなおさら困難ですから、現状ではオフサイドトラップを保険として高い位置でプレッシングをするよりも、サッと引いて守備ブロックを作るほうが懸命な判断と言えるのではないでしょうか。



 しかし、この新ルールは欠陥ではありません。むしろオフサイドのルールが高い完成度に至り、正しく適応されるようになったのです。

近代サッカーで当たり前のように使われるようになったオフサイドトラップこそが、オフサイドのルール解釈の穴を巧みに悪用した戦術なのですから(笑)。


 オフサイドとはそもそも攻撃側の反則に当たる行為であったのに、反則するつもりはなくても守備側の戦術によってオフサイドに嵌められてしまう。つまりオフサイドは守備側に有利なルールとなってしまっていたのです。



 FIFAが新ルール適用に踏み切った狙いの1つに「得点数の増加」があります。「オフサイドが無ければもっと点が入って面白くなるのでは?」というサッカー初心者にありがちな素朴な疑問を、サッカーの専門的な視野に立って解決しようと試みたのです。



つまり今までの守備側に有利なオフサイドルールから、攻撃側に有利なルールへと変えていくことで、オフサイドの存在意義を本来の正しいバランスに導き、得点チャンスを増やし、スペクタクルなサッカーの発展を促す為の試みです。



 では、その狙い通りの結果になったのでしょうか?



 新ルールは大方の予想通り攻撃側が有利になったのですが、今度はそれを食い止める守備の研究開発も急速に進み、現時点ではその戦いはこう着状態となりました。

守備側がオフサイドトラップをアテにしなくなって引いて守ることで、攻撃側もオフサイドラインの攻防の回数が減る結果になったのです。



 実際、ある国のリーグ戦のデータでは、シーズン全体のオフサイドの回数が減ったそうです。

これは「オフサイドが無くなればいい」という願いに少し近づいていると言えます。この点に関しては大方FIFAの狙い通りになっていると言えます。



 では、スペクタクルで面白いサッカーに繋がっているかといえば、南アW杯でも「つまらない試合が多かった」という感想の人が沢山いた現実からすれば、その点に関してはまだFIFAの思惑通りには事が進んでいないと言えます。



 しかし、素早くリトリートする戦術の流行により、攻撃側は相手が守備ブロックを形成するよりも早く相手ゴール前に人とボールが侵入するプレーをする必要性が、以前よりも大幅に増した為、ポゼッション主体のスタイルより、素早く敵陣に切り込んでフィニッシュまで持っていくダイレクトサッカーへの転換がこれからのサッカーに必要になってくるでしょう。



 それによって、よりスピーディーに攻守が入れ替わる、今よりももっとダイナミックでスペクタクル溢れるサッカーの新時代が訪れたとしたら、ルール変更はFIFAの狙い通りになったと言えるし、そういうサッカーのヒントとして、南アW杯でチリ代表が見せた戦い方などがあり、世界は新時代の幕開けの一歩手前まで来ていると思います。



 しかし、また新ルールを巧みに悪用してオフサイドの意義をぶっ壊す悪知恵のはたらく族が早くも現れて、イタチゴッコの様相を呈しているのも事実です(笑)。





 だいぶ脱線しました・・・。話をレッズに戻します。



 2006年に浦和の監督に就任する前のオジェックは、FIFAの技術委員会の委員長を務めていたので、このルール変更に至るまでの経緯を良く知っていたはずで(ルール変更への取り組みは2003年頃から行われてきたことなので、新ルール制定にはオジェックが直接係わっていたかもしれません)、それによって生まれる新戦術を予測し、それを自らが率いるチームに適応させないはずがありません。



 ギドの時代より守備ラインを低く設定したのは、時代の流れに沿って考えた当然の戦術路線なのです。



 前方に多くの選手を飛び込ませて前がかりに攻めるのではなく、しっかり守備をして、ボールを奪ったら素早く展開して攻める。

その際に攻撃の基点となるポジションにいたのがワシントンであり、オジェックとワシントンの関係に亀裂が入ったのも、この責務をワシントンが果たさずに、FWの本能のようなエゴイスティックなプレーに走ってしまったことが発端でした。(それ自体でワシントンを非難するつもりはありません。身心に染み付いているプレースタイルを変えるのは容易なことではありませんから)





 ギドの時代には攻撃的に次々とショートカウンターを仕掛ける戦術が可能でした。

オジェックの時代には、オフサイドルールの変更に伴って、ラインを引き気味にする戦術が主体となりました。

つまり、ギドもオジェックもサッカー戦術の時代の移り変わりに適応しつつ、攻守の最適なバランスを見つけ、結果を出してきたのです。





 世界のサッカーの流れを読み、それに適応することは、いちいち口に出して言わなくても、“当たり前”なのです。



そしてその当たり前の課題の克服は、フィンケの言うように「長い時間がかかる」ものです。

でもだからといって、それを逃げ口上にして結果から目を背けてはいけません。



ギドもオジェックも、或いはゲルトも、そこから目を背けることなく、逃げずにやってきたのです。

そして浦和は今に至るまで幾人かの監督の指導を経て、長い時間をかけてその課題克服に取り組み、少しずつ改善、成長してきたことで、結果を出してきたのです。





 目先の勝利に飛びついて、その場凌ぎの戦術で勝ってきたといえばそれまでであり事実でもありますが、その「積み重ね」が浦和を強くしたのもまた事実です。



これは未来の無い短期的な考え方でしょうか?違います。これはクラブの一貫した哲学に基づき「積み重ね」を繰り返した長期的なプロジェクトであり、事実、それが文字通り「結果」「成果」として実を結んだのです。





 結果を出し続けようと取り組み、その為に課題を克服しようと試み続けること、それは長期的なプロジェクトとして、フィンケが浦和に来るはるか以前からやってきたことであり、クラブの大義の哲学として持ち続けてきたものなのです。だからそれが出来ないチームにはサポーターはNO!を突きつけてきたのです。





 一人の選手を特別扱いしてはいけない。というのが正しい道理なら、監督にも同じ事が言えるのではありませんか?



 一人の哲学によって、大義の哲学が歪められることがあってはいけません。

100人の意見がある中で、1人の意見に偏ってしまったら、残りの99人の意見はないがしろになるのです。(



 サッカーに攻守のバランスがあるように、クラブの考え方にもバランスが必要です。そのバランスはクラブの大義の哲学によって保たれるのです。



 戦術は時代の流れやチームの状況によっていくらでもブレて構いません。バランスが変わっても構わないのです。



 なにより大事なのは、大義の哲学である「絶対に勝つ」という気持ちがブレることなく、その大義を拠り所にし、全ての人の意見が尊重されるバランスを見つけることなのです。





-おわり-







※竹書房 機動戦士ガンダム ジオンSIDE


機動戦士ガンダム 総監督:富野由悠季インタビュー「ファースト創作論」より



-前中略-


富野「つい「私はこう思う」という色を出してしまうんです。ガンダムのホワイト、ガンダムの目の色、全てその人が思っている色を出してきます。 -中略- だけれど、それをしない。代わりに、7、8人のスタッフの意見を聞き、その中庸に持っていくようにしたのです。 -中略- これは強権発動をする人がいたら、その瞬間に狂う作業です。そして、技術主体で行っても、狂います。」


-中略-


━スタッフにも思い入れのある作品だからこそ、難しいのでしょうね。


富野「だからこそ、先程から申し上げている通り、マニアになるのをやめる。思い入れをしない。なぜなら、これだけたくさんのファンがいるからです。100人のファンに対して何かを作ろうとした時、もし1人の意見に偏ればその瞬間、他の99人を否定することになるわけですから。」

占いチンパンジー

占いタコのパウル君が世界中から買取オファー殺到で
文字通りひっぱりだこらしい。

タコ一匹でビジネスになるとは。


よし、うちもチンパンジーのみつおを使って占いで一儲けしよう。


W杯期間中断明けのJリーグで占ってみよう。

G大阪×浦和。

グフが大阪でレディアが浦和。

みつおが抱きついたほうが勝つ。


よし、よぉ~く見るんだみつお。
ほぉ~らどっちがおいし・・・勝ちそうだい?



おお~っと、みつお君はレディアを選びました!
チンパン占いは浦和の勝ちです!


世界中からみつおの買取オファー殺到だな。

2010年7月12日月曜日

南アW杯終演。そこから次の時代を考える。

W杯はスペインの優勝で終わったね。

パスサッカー、ポゼッションサッカー、攻撃サッカーと言われるスペインが結果を出したことで、これからの世界のサッカーはどんな方向に向かっていくのかな。

スペインのスタイルを模倣したり改良したりしたパスサッカーが隆盛するだろう、というのが大方の予想だけど、自分は他に幾つかの可能性もあると思う。

1つはパスサッカーの隆盛と、攻撃的サッカーが善、守備的サッカーは悪、という流れ。
しばらくはここ最近の流れにさらに勢いがついてパスサッカーが流行るだろうね。でもスペインのような高いポゼッションを可能にするには、やはりそれなりに高い技術を持った選手を揃えるチームにしかできないから、パスサッカーが流行ったところで強豪国(クラブ)の勢力図が大きく変わることはないと思う。

ただ、そこへきて「守備的サッカーは悪」という風潮が蔓延してしまうと、お金の無い国や地方の小クラブは大変だね。強いチームに対して引いて守ったら悪者扱いされてしまうんだから。そこで弱小クラブが勝ち目の無い攻撃サッカーを選んだら、当然お金持ちのビッグクラブばかり勝つようになってしまう。

それって本当にサッカー界を面白くする時代の流れなのかな?一方のチームが高いポゼッションだったら、当然もう一方のチームはポゼッションが低くなるのに、なぜ攻撃側だけが善というような風潮が生まれるのかな?矛盾してると思うけど。
戦い方に善も悪もないよ。それよりも今回のW杯でも強豪と言われる国のほとんどが、パスサッカーやらポゼッションやら呼ばれているけど、正直な感想として、ダイブばかりの「シミュレーションサッカー」が一番しっくりくる呼び方だと思う(笑)。それこそ明確な悪として世界中のサッカー人が考えるべきだよ。


もう1つの考えられる流れは、逆に「パスサッカーの攻略」が進むこと。
南米や欧州の強豪は、もしかしたらこっちの流れになるかもね。スペインを徹底的に研究して、パスサッカーを破壊すること。
この流れは既に今回のW杯でも中堅国を中心に動きつつあったよね。今回はパスサッカーや攻撃サッカーの上位進出を許してしまったけど、これでパスサッカー最強!守備サッカーは勝てない!と決まったわけじゃなくて、今回のように守備をガッチリ固めてパスサッカーを攻略するというやり方以外にも、守る側が今後はまた違ったやり方で戦う時代が来るかもしれない。
ただ中堅以下の国には、それを可能にする選手が足りないということもあるから、そういった流れは強豪の中から生まれる可能性のほうが高いかもね。


そしてもう1つは、パスサッカーでもポゼッションサッカーでもない、全く新しいサッカーが生まれること。
上に書いたようなパスサッカー攻略の流れの中で、守備的にパスサッカーを崩すのではなく、攻撃的か、或いは攻守のバランスの良いサッカーか、今までの概念を覆すような戦術が生まれる可能性もあるということ。

どんなサッカーが生まれるかは全く想像がつかないけどね。でも想像がつかないサッカーが新しく生まれたら、それがパスサッカー最強の時代のように、新しい最強への道を歩んで行くと思う。
個人的には日本や浦和は、強豪の技術や戦術を盗みながら、こういった独自に開発したサッカーで歩んでほしいと思ってる。それには攻撃サッカーは善、守備サッカーは悪、のような固定観念にとらわれないことが大事。どんなサッカーからも良い部分は吸収すればいい、悪いところは真似しなくて良い。


最後に考えられる流行は、世界中でタコを飼うのが流行ること(笑)。
まぁ占いで勝敗を当てたところで、その占いの結果を覆すことができなければ何の意味もないんだけど。それが覆ったら、それは当たらない占いになってしまうからどの道意味は無いか(笑)。



何れにしても、W杯というのは、こうした世界のサッカーの流れを生む、とても影響力のある大会だ。


その影響力を利用して、FIFAには是非とも「審判の育成」にFIFA自らがもっと力を注いでほしいと思う。
今大会でも、審判のジャッジや裁量が試合の流れに与える影響が、あまりにも大き過ぎた。それは好ゲームを台無しにしてしまうことになるし、それによって審判の負うプレッシャーや責任が過度に増えてしまい、次のミスを生むことにも繋がる。

完璧なゴールやオフサイドの見逃し、それから決勝の延長戦でのスナイデルのFKがスペインの壁に当たったのを見落としたジャッジは、W杯、それも決勝という世界最高の舞台としては、あまりにもお粗末。

各大陸から審判を選抜するシステムを採用するのなら、大陸ごとにジャッジの基準のズレがあることは大きな問題だし、審判のレベルそのものにも大きな隔たりがあることへの改善策を早急に見つけなければいけない。

制定したルールを広めるだけでなく、審判の育成にも何か手を打たなければ、次の大会でも多くのミスジャッジが生まれてしまうのは確実。これまでの大会もそうだったように。

人間のやる事だからミスが生まれるのは当然。人間のやる事だからドラマが生まれる。などと開き直ったり諦めたりしてはいけない。人間だからこそ改善策を見つけて成長すべきだし、それが出来ない部分については審判の人数を増やすとかビデオ判定の導入も必要だ。

ビデオ判定を入れると試合の進行が遅くなる?ハードディスクレコーダーなら巻き戻しやスロー再生もすぐできる。第4審、第5審がビデオチェックして主審や線審に無線で伝えればいい。慣れればスピードも上がるし、レコーダーの技術だってどんどん良くなっていくし、電器メーカーもスポンサーとして喜んで協力してくれるだろう。

審判は人間だからミスを犯す。でも人間だからこそ、守られなければいけない。意図したものではないミスが、文字通り致命的なミスとなり、審判の未来が壊されてはいけないのだから。


それともう一つ。
やはり今大会でも、審判の目を欺くシミュレーション行為が、サッカーファンとして悲しくなるくらい多く見られた。シミュレーションサッカー全盛の時代だ。

勝つためにやってることだからとか、マリーシアだとか、サッカーは元来こういうものだ、とか言う連中もいるが、FIFAの方針としてはこれを厳しく取り締まるという声明を出しているわけだから、その声明通りにシミュレーション撲滅にもっと力を入れるべき。

「非紳士的行為」という言葉はもう使われなくなってしまったけど、この言葉の復活を強く望む。

スポーツマンシップとか、ルールだからとか、そんな意味でシミュレーションを語るのではなく、紳士として、人として、やってはいけないこと、というのを、サッカーを通じて世界に広めていくべき。
今のままでは、これからも世界はズルしたもん勝ちで終わってしまう。

サッカーは戦争じゃない。

サッカーは人間同士が平和的に争える世界最大のゲームなんだ。

2010年7月11日日曜日

スペイン、オランダから学ぶ事。

W杯今大会で決勝に進んだスペインとオランダは、相手の攻撃を受けてから動くリアクションサッカーではなく、自らアクションを起こして「自分達のサッカー」で戦うチームだと言われる。

そして、「だから彼らの戦術を手本にしてパスサッカーやポゼッションサッカーを目指すべき」と多くの国やクラブの監督、首脳が言う。

2つとも正しい意見だと思う。


ただし、スペインやオランダの戦術をコピーすれば強く、美しく、面白いサッカーが出来るようになるかといえば、それは違うと思う。


スペイン、オランダのサッカーが他のチームと違うところは、戦術ではない。

ボールをしっかり止める技術だ。


例えば、相手のバイタルエリアで、パスを受ける味方選手が相手に厳しくマークされていても、数的不利に立たされていても、彼らはそこに普通に、なにげなくパスを出し、そのパスを貰う選手は、自分の間合いでボールコントロールできる場所にピタリとボールを止める。
それによってワンタッチ、ツータッチで、またさらにサイドにパスを出したり、ミドルを狙う選手にボールを落とすことができる。

「リスクを犯して攻める」という言い方があるけど、彼らにとってその一連のプレーは、決してリスクの高いプレーではないのだと思う。

しっかりボールを止めることのできないチームにおいてはハイリスクなプレーでも、ピタリと止める技術があるチームにとってはそのリスクが大幅に軽減される。



現代サッカーは、攻撃的であれ守備的であれ、ポゼッションサッカーであれカウンターサッカーであれ、「トータルフットボール」を基本としている。
それぞれの戦い方に違いが生まれるのは、単にチームが抱える選手の能力の違いや特徴が違うからであって、それによって選べる戦術の選択肢が限られているからに過ぎない。

スペインやオランダは、パワープレーや肉弾戦よりも、ボールコントロールで勝負するのが得意。
ボールをしっかり止める技術、正確にパスを出せる技術、そういった基本技術が高いレベルにあるからだ。もちろん相手より体格やパワーで勝る場合はそれを有効利用した戦い方を選ぶこともできるから、パスサッカーの他に戦術の幅が広がる。

審判のジャッジが、身体の激しい当たりや、背後からのファウルを厳しくとる傾向に進みつつある現代サッカーにおいては、ワンタッチ、ツータッチでパスを繋ぎ、それによって相手への身体の接触が減るサッカーのほうが有利にプレーすることができることも、パスサッカー隆盛の一因。
だからパスサッカーの未来は明るい、と考えることに間違いはない。


ただしやはり、いくらパスサッカーが強いといっても、止める、蹴る、の基本技術がしっかりした国やクラブが勝つことに変わりはない。

つまり、スペインやオランダから学ぶべきはパスサッカーという戦術よりも、まず、しっかり止める、蹴る、といった基本技術のほうなのだ。



小野伸二がオランダのフェイエノールトでプレーしていた時、監督は現オランダ代表監督のファンマルバイクだった。

トリッキーなテクニックを使ってプレーする小野に、ファンマルバイクが「サーカスプレーはいらない」と注意したというエピソードがある。

小野は日本サッカー史上、正確にボールを止める技術が最も高い選手だと思う。フェイエのチームメイトからも「チームで小野が一番うまい」「オランダ代表の誰よりもうまい」という声も多くあった。
それくらい技術の高い小野であってもファンマルバイクは「もっと正確にプレーしろ」と要求した。

そしてオランダやドイツのサッカーを経験して日本に戻ってきた小野は、口癖のように「しっかりボールを止めて蹴ること」の重要性を説くようになった。

このファンマルバイクが小野に要求した理念は、現オランダ代表の躍進に大きく関係していると思う。

フェイエやファンマルバイクの理念というより、オランダの理念なのだ。

かつて日本代表や磐田、浦和などで指揮をとったオフト監督も同じオランダ人で、同じ理念の持ち主だった。
浦和では前掛かりな攻撃的サッカーや美しさや華やかさを選ばず、「追い越し禁止」などの制限を設けて、まずしっかりパスを繋ぎ、正確にプレーすることを教えた。

W杯今大会のオランダ代表には「勝ってはいるけど美しさ、華やかさが足りない」という意見もある。
ではオランダらしくない試合をしているのだろうか?それは違う。しっかりボールを止めて蹴り、正確にプレーするというオランダの理念が強く息づく、オランダらしいチームだ。


日本や浦和が学ぶべきことは、戦術のうわべの美しさではなく、まずその基礎、基本理念だと思う。
それを学び取り、身に着けることができなければ、パスサッカーで強くなることはできない。

2010年7月7日水曜日

ジュニアユース世代からの育成の成果。

Dカップ? Eカップ?

ノー!!

ディス・イズ・ワールドカップ!!



これぞワールドクラス!!
まさにワールドカップ!!

タ~マしぃ~レボリューショオォォォン!!

2010年7月6日火曜日

浦和スタイルを作ろう!

っていう話が、

いつのまにか欧州スタイルをなぞる話にすり変わってるような気がする今日この頃。


今の欧州スタイルをなぞって10年かけて追いついたところで

その頃には世界のスタンダードはもう違うスタイルになってるよ。

南米かもしれないし、アフリカやアジアかもしれないし、日本が世界の中心かもしれない。


サッカーの教科書の内容を暗記すれば、誰でも賢くなった気になれる。

だけど賢いのは教科書を書いた人であって、読んだ人ではない。

本当に賢い人というのは、教科書には書いていないことを始める人なんだ。

そしてそれが新しい教科書に書き加えられていく。


新しいサッカーの発明が、次のスタンダードを作る。



教科書をなぞるだけじゃなくて、浦和は浦和の勝ち方を探し求めて

Jリーグらしく、浦和らしく、新しい旋風を巻き起こしていくべき。

それが浦和スタイル。

どこにでもある強豪クラブなんか目指してない。

Jリーグモード突入。

というか浦和モードか。

W杯はまぁ、もういいかな。
リアルタイムで見ることに拘ってるわけではないし、優勝予想とか全く興味ないし、
なにより寝不足が続いてくたびれた(笑)。
準決勝からはあとでゆっくりビデオで確認すればよし。



ザスパ草津とのPSマッチ。
負けたけどね、これはまぁ日本代表がW杯直前に強化試合やったのと同じ意味合いだから、自分はとくに結果についてどうこう言うつもりはないんだけど(結果にこだわった姿勢で試合してさえすれば)、
それより、この時期にお客さん入れてPSマッチする意味があるのかどうかが疑問。

これも代表の強化試合と同じで、お客さん入れるからには結果が悪ければ批判されてしまう。
繰り返すけど、結果にこだわって試合するのはどんな試合であっても当たり前で、それは勝つために何が必要かを考えながらプレーすることを、反復練習として行う意味があるから。
パスやシュートやコンビネーションの反復練習と同じで、勝者のメンタリティを無意識に持てるようにする為の反復練習。
だからPSマッチでも紅白試合でも勝ちにこだわることは必要。
ただ、それはあくまでも練習だから、それで結果が悪くても批判する必要はない。本番で結果が出せるようにする為の練習だから。

でもお客さん入れて試合する以上、やっぱり結果も内容も問われてしまうよね。
中断明けのリーグ戦への期待だって、そこで判断されてしまう。
監督の試合前と試合後のコメントでは、そこのところがすごく曖昧なまま試合が行われてしまったような印象。クラブがもう少しフォローできるような体制で試合を組むべきだった。

本来、中断明けのコンディション調整を最優先に考えて行われるべき試合だったよね。
ここから夏本番で体力的に厳しい季節になってくるんだから、軽く調整してリーグ再開に備えるべきだと思う。
再開一週間前に韓国で試合するのもちょっとどうかな・・・。
やるなら以前のさいたまシティカップのように、海外の強豪クラブを呼んで親善試合にすれば、ちょっとしたお祭り気分で、勝敗が大きく扱われることなく調整試合ができたんじゃないかな。

優勝やACL圏内を狙うクラブなら、リーグ終盤にコンディションのピークを持っていきたいわけだし、たとえ中断明けの試合内容がグダグダになったとしても、今の時期からコンディションを先読みしていくべき。
夏の疲労の蓄積が秋に出て、リーグ終盤に盛り返せなかったらアウトだから。



もうひとつ疑問。
今の時期にとくに選手補強はいらないとは思うんだけど、ずっと気になってたのは、「バルサやスペインのようなサッカーがしたい」と言っているクラブに、選手にもコーチにも、なぜかスペイン人がひとりもいない事(笑)。スペインでの指導経験やプレー経験を持った人って誰かいたっけ?

スペインサッカーについては、スペイン人にしかわからない部分があると思うんだよね。育成年代からトップチームまで一貫した方向性でやってるっていうんだから。

日本サッカー協会では、最近になってスペインから講師(指導者)を招いたり、日本の指導者なんかをスペインに留学させたり、少しずつだけどやってるらしい。

「こんなサッカーをやりたいんだ!」って言うからには、そういう姿勢を見せてほしい。



日本代表は、みんなが岡ちゃんに手のひら返したよね(笑)。
自分は監督交代するならセルビア戦がリミットで、そこで協会が続投を決断したら、それを信じて、岡田さんについていこうと思ってたんだけど、それは札幌、横浜FMと、岡田さんにはヒドイ目にあわされて、その時の岡田さんが健在であれば、必ず結果はついてくると思ってたから。

でもやっぱりそれ以前はくたばれクソ野郎と思ってた(笑)。
結果が出ないのは日本がもともとそういうレベルだからだと思ってたけど、中身が気に入らなかったから。

だけどさ、普段からJリーグ見てる人なら、みんな、自分と同じで、手のひら返す準備はできてたと思うんだよね。
札幌や横浜であれだけのことが出来る人だったから。

んでもって、フィンケ監督。俺は今は信用してないんだ。
でも去年から見てきて、やれる力があることには俺だって気づいてる。

だからいつでも手のひら返す準備は出来てる。
フィンケ監督が、やるか、やらないか、それだけ。

2010年7月2日金曜日

W杯を楽しもう。

日本のベスト4という目標は、あくまで目標であって、ノルマではなかったはず。
そこを勘違いをして
「ベスト4が達成できなかったのだから賞賛すべきではない!」
「ここで満足してヘラヘラ記者会見してるようでは先が無い!」
と声高に主張する頓珍漢な人も多くいる。

そもそもベスト4という言葉が出てきたのは、岡田監督が
「同じアジアの韓国だって2002年にベスト4にいってるんだから、日本にだって出来るはず」
と選手達にハッパをかけたのが、マスコミに「目標はベスト4!」と大々的に報じられてしまって
そこで岡田監督は「そんじゃまぁ、それで行くか」と公式に目標をベスト4に設定したのが始まり。
公式に決めたからといって、選手達や自らにかけたハッパであることに変わりはない。このへんはずっと日本サッカーを追いかけているファンならわかるよね。

もともと岡田監督、日本代表に課せられていたノルマはW杯出場権の獲得だけだった。
そして、サッカー協会が公式にW杯での成績面での目標やノルマを定める前にベスト4発言が大きくなってしまったから、じゃあ協会もそれに応じてバックアップしていきましょうという流れになった。


もともとあったノルマというか目標は、オシム監督の時に定めた「日本サッカーの日本化」なるあいまいなものしかなく、W杯本大会の結果を問うことよりも、日本人らしいサッカー、日本の良さを生かしたサッカーを追い求めることが主眼になっていた。
日本サッカーの方向性を見つけて、それでどれだけの結果が出るか、今までの限界を超えられるか、というのが、とりあえずの狙いだったから、成績としての明確な目標は無いけれど、いつも日本サッカーを見ているファンなら、まぁだいたいどれくらいの成績が出せればOKかというのはわかっていたし、とくに異論はなかったはず。(「だいたい」というのは「グループリーグ突破」あたり)

個人的感想としては、オシム監督の時はオシムらしいサッカーであり、日本人らしいサッカーだったかは疑問なんだけど、じゃあ岡田監督が日本人らしいサッカーをやったかどうかってのも、今の時点で判断することは難しい。W杯といってもたった4試合やっただけだからね。
でも岡田監督らしいサッカーではあったと思う。オシムらしいサッカーと同じで、どうしたって監督のテイストは反映されるから。


でもね、戦術的な部分は置いといて、日本は実に日本人らしいサッカーをやったよ。
これはベスト16をよしとするかどうかの前に、大きく評価してやらなきゃいけないことだよ。

それは、フェアプレーだったこと。

完璧なフェアプレーとは言わないけど、フェアプレー賞最有力候補だよ。

これからベスト8勢の試合が始まるけど、みんなよ~く見ててよね。世界中から「美しいサッカー」と賞賛されている連中の、きっっったねえプレーをさ。真のアンチ・フットボールをさ!

全部の国とは言わないよ、フェアプレーを心がけているチームもあるし、心がけていても、ついカッとなって暴力的な行為に走ってしまうこともある。
そうじゃなくて、故意に相手選手を傷つけたり、大袈裟に転んで審判の目を欺いたり、それによって相手選手をカード対象にしたり、不当に勝利を得ている連中がいる!!そしてそれを勝負に対する執着心だとか言って無理矢理正当化する連中がいる!

そういうクソ野郎どもの不当な勝利を差し引けば、フェアプレーを志した日本は世界トップレベルのチームなんだよ。
そう考えれば、日本のベスト16は、たいしたもんだよ。素晴らしいよ。(特にO久保はよく我慢した)

さぁ、日本は負けてしまって残りのW杯もなんだか寂しくなってしまったけど、世界の一流のサッカーを楽しもうよ。

超一流のきっっったねえプレーのオンパレードも楽しみでしょうがないよ!!!!

2010年6月30日水曜日

our team.

誰も外さないPK戦などない。誰かが外すまで続く。

思い切って蹴った。ボール1つ分だけ思い切り過ぎただけだ。

ボール1つ分届かなかった、その距離を縮めていく為に、また1つ1つ成長していこう。


日本代表の戦いぶりに、それぞれが何を感じ、どう賞賛し、どう批判するのも、人それぞれだ。

でも大切な事を忘れちゃいけない。

パラグアイも、勝ちたかったんだ。日本と同じように。

技術や、戦術や、歴史の差を越えて、お互い必死に戦った。
その健闘をたたえよう。



4年後のブラジル大会。

今度こそ、ベスト8以上を、ベスト4を、胸を張って目標に掲げることができるじゃないか!

南ア大会までの道程では、オシム監督から岡田監督に交代してからベスト4を目標にした。
その目標は叶わなかったけど、日本は紛れも無く世界の16強に残ったんだ。

もう誰も笑わないさ。
今度は今から宣言しよう。ブラジル大会、ベスト4!そしてそれを越えて頂点を!



そしてJリーグ。

Jもベスト4を目指そうよ。
イングランド、スペイン、イタリアの3大リーグに並ぶリーグを目指そうよ。

今回のW杯で日本サッカーに興味を持ってくれて、Jリーグにも足を運んでくれる人たちが沢山いると思う。
そういった人たちは、Jリーグに何を求めて、何を期待して見に来てくれるのか。

それは日本代表が見せてくれたファイティングスピリット、チームプレー、諦めない気持ち、息の詰まるようなPK戦の先にあるものを必死に獲りにいく姿。
それが見たい、そう思ってスタジアムに来るはずだよね。僕らがそうであるように。

見せなきゃいけないよね。
Jリーグも、ボール1つ分のほんのわずかなプレー、技術、戦術、精神力の戦いを繰り広げているところをね。




日本代表チーム。ありがとう。

正直、自分自身、代表チームをなめているところがあったと思う。
それは同時に、世界をなめていたということ。

でも今は、はっきり見えるようになった。日本代表が、世界が。
それは全力で戦ってくれた代表チームのおかげ。


岡田監督の座右の銘を借りるなら「人間万事 塞翁が馬」。

良いと思ってやった事や、幸運が廻ってきたと思った事が、必ず良いほうに転ぶわけではなく、その逆も同じで、悪い事が悪いほうへ転ぶと限ったわけではない。

良い結果か、悪い結果か、人間の禍福など、どう転ぶかは解らないもの。
約束された未来などない。

人間は、いつ幸運に恵まれるか、いつ災いが訪れるかわからない。
選手は次のW杯の前に怪我で引退するかもしれないし、事故か病気で死ぬかもしれない。自分だってこれを書いた後何か災いが起きてすぐ死ぬかもわからない。

でもだからこそ、今を大事に、今の自分、今の日本サッカーを、全力で戦わなきゃいけない。


日本サッカーは、まだ下手糞で、まだまだ甘い。

けれども、その下手糞で甘いサッカーから目を背けることなく、高い目標を持って全力で戦ったことは、この先どんな未来が待ち受けていようとも、変わることのない真実であり、今を生きる希望であること。
それを代表チームから教わった。

夢をありがとうとは言わない。感動をありがとうとも言わない。

大きな希望をありがとう。our team.


■記事参考サイト「Business Media 誠」
~岡田武史氏が語る、日本代表監督の仕事とは~
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0912/14/news010.html

2010年6月29日火曜日

一句できた。

にっぽんの

馳せしピッチや

青田波


(日本代表の駆け抜けるピッチの芝生の様は、まるで生命力に溢れた若い稲が風に揺れるようだ)

どうよ、季語も今の季節にぴったりだ。ケッサクケッサク。


だれじゃ年寄りくさいとか言いよる輩は!

2010年6月27日日曜日

パラグアイ戦は“おまけ”ではありません。

ボーナスでもありません。

「ベスト4」。

高い目標を立てることで、1つ勝ってもそこでチームを満足させないこと、グループリーグ突破で満足させないことが、岡田監督の狙いだったと思います。
(ミーティングで「ベスト4だって不可能じゃないよ」と選手を鼓舞したのが、マスコミのリードで話が大きくなっただけというのが真相(笑)。岡田監督談)

あくまでもベスト4なので、ベスト16で満足することなく、最低でもベスト4に行き着くまではこの目標の効果は持続するはずです。

そしてチームは本気です。

「岡田監督 決勝T見据え仮想パラグアイと対戦」
http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2009/12/25/01.html

去年のこの記事からもわかるように、最初から本気です。

ここまで勝ち上がってきたのも、急に方針を変えたからではなく
最初から入念な準備を行ってきたことが実を結んだからです。
(しかしここまでくると感心や尊敬を通り越して恐るべき先見の明・・・。)

次のステージへ上がる為に、代表スタッフは全力でパラグアイを研究しているのは間違いないでしょう。

PK戦も見据えて、パラグアイ選手のキッカーの癖もデータとして持っているでしょう。
岡田監督は、PK戦でベンチから下がってしまうような詰めの甘い人ではありませんからね(笑)。

パラグアイも日本を舐めてくるような国ではありませんから
お互いに研究し尽くして試合に臨むはずで、
勝敗の予想など出来ないハイレベルな神経戦が繰り広げられるでしょう。

だからこそ、最後までサポーターの応援が必要なんです。
サポーターも次のステージを目指して、気持ちを切らしてはいけません。

まだまだ終わりではありませんよ!
これからです!

ドイツ×イングランド

歴史は繰り返される・・・。


つったってこれは酷い!!!!

今大会はここまで審判の質は概ね良くて安定してたのに
大会自体を台無しにしかねない事件・・・。

ビデオ判定導入か審判増員につながる歴史的試合になるのかな・・・。

2010年6月26日土曜日

神様 仏様 岡田様

もうあれから12年?時が経つのは早いなぁ。
懐かしいダンマク、よく南アフリカで用意していたね。

あれは決して浮かれた意味ではなくて、
岡田監督を妄信する意味でもなくて、
もっと切なる願いが込められているんだよね。

どんな意味なのかは、一人一人が考えてほしいな。

(マスコミがあのダンマクの歴史を知らずに報道しているのは驚き(笑))


デンマーク戦後の岡田監督の記者会見は永久保存版。
http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00103080.html

もしこの先、日本サッカーがなにかに躓いたり、行き詰ったりしたら
この記者会見を思い出すといいね。

それにしても、素晴らしい日本代表。ありがとう。

そしてデンマークもありがとう。
お互い健闘したけど、サッカーの神様は寿司が好きだったんだよ(笑)。

カメルーンもオランダも素晴らしい相手だった。
決勝トーナメントでは、オランダと日本が
グループEが最高のメンツだったことを証明してくれるはずだ。



今回の岡田監督の采配について、
大会直前に急に方針を変えたとか、付け焼刃な戦術を採用したとか言われているけど、それはちょっと違う。

原点に立ち返っただけなんだ。
基本を思い出しただけなんだ。

なにも奇抜な戦術ではないし、なにも新しいことはしていない。
選手達が子供の頃から今までやってきた「サッカー」をちゃんとやりましょう、「サッカーに必要なものは、全てである」ことを思い出しましょう、ということだけ。

今自分に出来ることの全てを知り、等身大の自分を知り、認めること。
それがすなわち「自信」であること。

その原点を思い出して試合に臨んだから、
選手も監督も自信をもって、全てを出し切れているんだ。

理想にとらわれず、理想を正義とせず、真実だけを見つめて自信を持って懸命にプレーした。

正義が勝つわけではないけれど、正義は、戦いに勝って初めて主張できるものだ。
南ア大会後に、日本代表が「僕らは正しかった」と正義を主張することはないだろう。
でも何人たりとも彼らの正義を否定してはいけない。

僕らがかけたプレッシャーにも、メディアがかけたプレッシャーにも、彼らは打ち勝ってみせたのだから。
勝ったのは、彼らだ。正義を主張する権利は、彼らにある。



かつて中田英寿がセリエAのペルージャやローマで活躍していた頃、イタリアのメディアが中田をこう評していた。

「我々はサッカー未開の地、日本から来た青年に、本場のサッカーの厳しさを教えてやろうとあざ笑って考えていた。だがしかし我々は、逆にこの日本から来た青年から、多くの事を学ばなければいけないことに気づかされた。」

いつの頃からか日本サッカーは、
世界のサッカーの最先端を行く欧米人から学ぶ事ばかりにとらわれ、日本人自身からも学ぶ事があるということを忘れてしまった。

僕らサッカーファンは、このW杯から、世界レベルのプレー原則や戦術を、沢山学ばなければならない。
例えば、デンマーク戦で日本のスローインで2度の遅延行為をとられたけど、これは審判が酷かったのではなくて、日頃Jリーグで身についてしまっていたリスタートの遅さが、W杯という大きな舞台で露呈してしまったこと。
他にも世界レベルには程遠い沢山のプレッシングのミス、カバーリングのミスもあったし、攻撃でも多くの判断ミスがあった。
こういったプレーの基本は、やはりサッカー先進国から学び、身につけなければいけない。

でも一番大事なのは、サッカーへの取り組み方や、真摯さや、情熱を
僕らが岡田監督や選手達から学ばなければいけないということ。

日本の情熱は、世界のどの国にも負けない。
それを日本代表が今、教えてくれている。


日本代表は、グループリーグ突破という難関をクリアし、大きく成長した。
僕らも彼らから学び、負けじと大きく成長しよう。

2010年6月22日火曜日

デンマーク戦は日本サッカー史上最大の大一番。

オランダ戦より難しい試合になると思います。

デンマークは、オランダのように自分達のサッカーを貫こうとするのではなく
場合によって日本の最大の弱点であるDFラインへのロングボールを蹴ってきたり
いったん自陣に引いてカウンターも狙ってくるでしょう。


優勝を狙うような強豪は決勝トーナメントにコンディションのピークを設定しますが
デンマークはグループリーグに全てを賭けていると思います。

日本もこれまで以上に駆け引きが必要になるし、
交代選手のモチベーションも鍵になってくるでしょう。


カメルーン戦、オランダ戦よりも、
そしてジョホールバルよりも厳しい戦いを覚悟しなければいけません。


普段はJリーグにしか興味が無い人も、海外サッカーにしか興味が無い人も、
この試合をしっかりと見届けて欲しいと思います。

明け方の生中継が見られなければ、録画でもかまわないのです。
興味がなかろうが、つまらなかろうが、レベルが低かろうが、

僕らの、日本サッカーのリーディングチームは
日本代表しかないのだから。


夢に溺れず、現実に振り回されず、ただ真実のみを見つめ、
頑張れ日本。

2010年6月21日月曜日

守備的サッカーを「退屈だ」と批判する評論家に捧ぐ。

(我ながらけっこう面白い事が書けたと思うので、駄文ながら最後まで読んでいただけると嬉しいです。)


一発のカウンター狙いの守備的サッカーを
「退屈だ」「消極的だ」「美しくない」と批判する評論家のなんと多いことでしょう。


はっきり言って、馬鹿、無知、まぬけとしか言いようがありません。


サッカーは戦争だ。という人がいますが、
サッカーはお互いに憎しみあったり、殺しあったりするわけではないので、これは間違いです。代理戦争というのも危険な考え方です。

戦争という表現を使ってサッカーを言い表すなら、サッカーは「戦争ごっこ」だと言えるでしょう。
双方の戦力、布陣、国力などを考慮しながら、勝ち負けを争う戦争ごっこです。

自陣ゴールという城を守り、相手のゴール(城)を攻めるのです。
城の前に分厚い城壁を築いたり、罠を仕掛けたり、敵陣に攻め入って攻城戦を仕掛けたりします。

いかにして自国の城を守り、いかにして相手の城壁を崩すか、攻城戦は戦争の醍醐味です。
ピッチ中盤での野戦もまた攻守の白熱した駆け引きが見られて面白いです。


戦力で劣る国は、当然、兵糧や物資を集めて城内に立てこもり、持久戦に持ち込むのがセオリーです。

一方、戦力に勝る国は、相手の城を取り囲んで城壁を壊して場内に攻め入ろうと策を練ります。兵糧が底をつく前に攻略しなければなりません。

守る側も兵糧管理は重要です。どちらが先に兵糧がつきるか、どちらが先に兵士の士気が落ちるかという我慢比べです。

攻める側は、兵士の疲労がピークになる前に、兵糧がつきる前に、城門をかたく閉ざして立てこもる相手をなんとか城外に誘い出して、兵力で有利な野戦に持ち込みたいと考えるでしょう。

そこで指揮官は味方の兵士に、相手の城に向かって罵言雑言を浴びせよ、と指示します。連日連夜悪口を言って、カチンときて冷静さを失った相手が城外にうって出るのを待つ作戦です。

まんまと罠にはまって野戦に持ち込めば、圧倒的な戦力差で相手をねじ伏せたり、ガラ空きになった相手の城に攻め入ったりができるわけです。


さて、ここでサッカーに戻りましょう。

守備的なサッカーでほとんど攻めてこなかった相手に対して、監督が記者会見で

「あんなのはフットボールじゃない。アンチ・フットボールだ。我々は勇敢に攻めたが、相手は消極的な戦術でフットボールをつまらないものにした。」

と相手を批判するコメントをすることがよくありますね。

これを戦争におきかえてみると、監督の狙いが見えてきます。

つまり監督は、相手を城外につり出すために罵言雑言を浴びせたのです。次回の対戦で、自分達に有利な中盤での攻防(野戦)に誘い出す為の、いわば舌戦における罠なのです。

相手の監督が短気で怒りっぽい人なら、まんまとこの舌戦の罠にはまって、次の対戦で、自分達が戦力で劣るのにもかかわらずガチンコ勝負を挑んでくるでしょう。

我慢強く賢い監督なら、逆に「相手は兵糧がつきかけているからあんなことを言っているのではないかな?」と考えて、次の対戦でもさらに城壁を強化して城に立てこもるでしょう。


さてさて、ここで面白いのが、この舌戦の罠に、相手の監督がひっかかるのならわかりますが、

「守備的な戦術はアンチ・フットボールだよな。有名な監督が言うんだから間違いない」

と真に受けて勘違いするサッカー評論家がいるということです!!!!(笑)


さらに、自分が言われたわけでもないのに、この舌戦の罠、駆け引きの妙に気づかずに、

「守備的な戦術は退屈だから観客も喜ばないし未来が無い。だから我々は美しく魅力的な積極的な攻撃サッカーを目指す。(だって有名な先輩監督が言ってたんだもん)」

とか言い出して、城をほっぽり出して積極的に“ 負けにいく ”ことをポリシーとする指揮官もいる、ということも付け加えておきましょう。

或いは以前どこかで守備戦術に悪口を言われた経験があって、いつまでたっても自分が罠に嵌ったことに気づかずに、引きずったままなのかもしれませんが(笑)。


こうして「守備的なサッカーは退屈だ」=「攻城戦は退屈だ」という過った風潮が生まれ、世界中に広まって行くのです。


もう一度言いますが、攻城戦は、サッカーの醍醐味です。攻める側と守る側の知的な駆け引きに満ちた、めくるめくスペクタクルの連続です。

「この分厚い城壁をどうやって破るんだ?」「どうやって相手の城門を開けさせようか?」「はしごやトンネルはどうだ?」

「相手の兵糧がつきるまで絶対に焦れるな!悪口は聞き流せ!」「相手は疲れて酒盛りやキャンプファイヤーを始めたな。よし、今こそ城からうって出よ!カウンターじゃ!総攻撃じゃ!」

こんな駆け引きがサッカーで行われているとしたら、面白いとは感じませんか?

一方のチームが守備的に戦ったら、それは退屈なサッカーだ。という先入観が、我々サッカーファンから、サッカーの楽しさの醍醐味を奪っているのです。

両方のチームが守備的だったとしても同じです。どちらが先にしびれを切らすかの我慢比べ、それは見る側の我慢比べでもあります。
退屈に感じてしまったら、我慢比べに勝って得られる楽しさを失ってしまうのです。


サッカーの評論家は、この楽しさを、ファンに伝えなければいけません。

これからサッカーをどんどん好きになってくれる初心者やライト層、それから間違った先入観にとらわれてサッカーの楽しさを最大限に実感できていない玄人やマニアにです。


サッカーの楽しさを伝えることが評論家の仕事ではありませんか?

目に見えにくい戦術や、監督同士の知的であったり、滑稽であったりする駆け引きを分析して、ファンに教えていくのが仕事ではありませんか?

「あーあ、守備的で退屈な試合だったよ」などと批判することは、それこそアンチ・サッカーではありませんか?

駆け引きも気迫も感じられない試合だったら、こんな試合はサッカーファンを減らすよ、と批判すれば良いのです。

引いて守ることが積極的な駆け引きだと思えないのであったら、もうかける言葉もありませんが・・・。


守備的サッカーは退屈、攻撃的サッカーは面白い、という考え方では、サッカーの楽しさを半分しか味わえていないのです。
守る事は恥ずかしいことではありません。

楽しい事なのです。

2010年6月20日日曜日

サッカーの神様は正直者。

オランダ 1 × 0 日本

負けるべくして負けた。
しかし勝つチャンスもあった。

それだけに悔しい。
でも負けはいつだって悔しくなければいけない。


ピンチは起こるべくして起きる。
チャンスもまたしかり。
サッカーの神様は嘘をつかない。


起こるべくして起きたピンチとチャンス、
悪かった点と良かった点を3つずつあげてみる。(めんどくさい具体的な内容なので読み飛ばしていただいてOKです)

先に良かった点。

1.
 前半はオランダがボールを支配していたけど、試合を支配していたのは間違いなく日本だった。
 カメルーン戦に続く粘り強い守備は、新生日本の誕生を予感させるものだった。
 勝ちパターンのスタートラインを見つけることができた。強豪相手にも日本の組織力を持ってすれば勝つことができる。「我慢強く約束事を守り、相手の良さを徹底的に潰し、退屈な試合に持ち込めば日本の勝ち(笑)」と確信できるようになった。
 闘莉王が言うように、下手糞は下手糞なりの戦い方をまず実践する。色気を出すのはこれからの課題で良い。色気を出すことばかりに気をとられていた日本サッカー界の目を覚まさせるきっかけになった。

2.
 オランダの守備ラインとGKとの間で繰り返されるパス回しにむやみに食いつかなかったこと。
 ネットをちらっと見たら、前線からボールを奪いにいかない本田や前線の選手を批判する声がチラホラあったけど、あそこでオランダの守備陣に食いついていたら、それこそオランダの思う壺。

 オランダは日本が食いついてきて背後にスペースを空けるのをひたすら待っていたのだから、あそこで獲りに行かなかった日本の選択は正解。大正解。オランダは一向に食いついてこない日本にさぞイライラしたことだろう。
 中盤の遠藤が「なぜか」食いついた謎のシーンがあったけど、それは悪いほうで書く。
 でも前半の我慢比べは日本のほぼ完勝といっていいくらいだった。
 これもまた、強豪といえど、一糸乱れぬ組織プレイの前には、なすすべも無いということの証明だった。日本が少しだけ賢くなった瞬間を見た。

3.
 最後まで勝ちに行く姿勢を見せることができた。
 トルシエをはじめ、世界の名だたる日本びいきの監督や評論家と、それに同調する日本の評論家らは、オランダ戦はいい意味で「捨てて」、デンマーク戦に賭けるべき、と勝点と得失点の計算の必要性を主張していた。
 でもそれは日本には絶対にやってほしくなかった。たとえ世界の第一線の欧州のやり方がそうであっても、それに同調してはいけない。それは「日本らしくない」と思うから。
 全力で勝ちに行くことが日本のポリシー、アイデンティティ、プライドであり、相手への敬意である。これはたとえ日本が強豪国になろうとも、変えてはいけないこと。これこそサムライであり、武士道であり、日本である。それを捨てたら、日本でもなんでもなくなる。そんな日本なら応援したいとは思わない。


 悪かった事を3つ。
 まだデンマーク戦があるのに、今はあまり書きたくはないけど、でもきちんと現実を直視するために、正直な感想を自分自身の未来に残すために書いておく。

1.
 後半立ち上がりに、守備の意識が大きく乱れてしまった。
 せっかく前半あれだけできたのに、水の泡にしてしまった。しっかり組織立って守備をすれば、どんな強豪にもチャンスを作らせない、それができるのに、まだ45分もあるのに継続できなかった。
 でもこれはまだ目覚めたばかりの日本の守備意識だから、その意識を忘れずこれからも練習していけば、必ずもっと良くなっていく、そんなポジティブな課題だと思う。

2.
 良かった点で書いたように、オランダの仕掛けた罠に“ほぼ”かからなかったことは素晴らしかったのに、どういうわけか、本当に、どういうわけか理解し難いシーンがあった。

 中盤の遠藤が自分の持ち場を離れて、オランダの罠の中に単身プレスをかけに行く場面がそれだ。それは前半にも1度あったのだけど、後半にも修正されず、実際、遠藤がプレスに上がって空いた中盤の穴から、オランダの決定的チャンスが生まれてしまっていた。(起こるべくして起きた)

 なぜ、チーム全体がオランダの罠に飛び込むまいと焦れずに我慢比べをしている中で、遠藤はこのようなプレーを繰り返してしまったのだろう。まったくもって理解不能な謎。
 大会が終わったら、サッカーライターや評論家のみなさんには、是非ともこのことについて遠藤本人に聞いてみて欲しい。

 ただ気になるのは、日本独特な考え方かもしれないけど、遠藤のようにプレスに行く選手を「ボールを奪いに行って頑張っている」と、逆に良い評価を与えてしまう風潮があること。もちろんこれは間違いなのだけど、評論家の中にもそんな人がいるし、遠藤だけでなく多くの日本人選手がやらかすミスでもある・・・。
 これも日本らしさと言えばそうなのかもしれない。でもそれは、勝ちにいっているつもりでも、実際は自ら負けにいっている自爆行為だ。それをやっていいのは、どこまでもボールを追いかけ続けられる、岡野雅行だけだ(笑)。

3.
 今のタイミングで個人批判はしたくない。でもわかりやすくがっかりさせられた選手だから、とくに名前を伏せる意味もない。

 この試合で勝負をかけるにはここしかない、というタイミングで、岡田監督が賭けに出た。中村俊輔の投入。ここで監督がどんな想いで中村を送り出したか。彼にはわかっていなかった。

 身体的、精神的コンディション不良、それを承知で起用した監督と、それによってベンチに残った控えの選手たちの気持ちを、しっかりと受け止めて、死ぬ気で奮起しなければならなかった。チームは中村俊輔を必要としていたのだから。

 チーム全体が変わろうとしている。下手糞なりに、馬鹿なりに、身体と頭と心を使って大きく成長しようとしている時に(これは遠藤も含めてだ)、一人だけ取り残されていた。
 コンディションも、上手いも下手も関係ない。自分への評価も、チームへの評価も関係ない。ただチームの勝利の為に!その強い意志が感じられなかった。本当に、残念だ。

 周りが自分に合わせてくれるのを待っている選手は、もうこの日本代表には必要ない。
 また必要とされる選手になる為には、周りが変わるのではなく、まず自分が変わらなければいけない。



 カメルーン戦、オランダ戦と、良さも悪さもあった。勝ちも負けもした。
 だけど日本は確実に、新たな一歩を踏み出す瞬間に直面している。
 やっと勝ちに行く日本が戻ってきた。そして勝利の方程式の解き方を、ひとつ、手に入れようとしている。思考停止に陥っていた日本サッカーの、時計の針が動き出した。

2010年6月19日土曜日

お尻を出した子 一等賞♪

♪いいな いいな 強豪っていいな

シュートふかせば ジャブラニのせい
日本がふかせば 実力のせい
ボール変えろ ブブゼラやめろ


でん でん でんぐりがえって

バイ バイ バイ



軌道がブレすぎる、飛距離が延びすぎる、と、
なにかと批判の多い新ボールのジャブラニだけど
自分はこのボールは素晴らしい可能性を秘めていると思う。

C組のスロベニアvsアメリカの
先制点となったビルサ(スロベニア)の左足で蹴ったシュートの軌道は
きれいに右に巻いてゴール右隅に決まったけど
しっかりカーブをかける技術が正確にボールに伝わっている感じで素晴らしく綺麗だった。
なぜか久しく見ていないような気がする綺麗な軌道・・・。

W杯を通してざっと全体的に見た感想だけど
新ボールは昔の手縫いタイプのボールと同じように蹴るほうが
しっかりコントロールできるんじゃないかと思った。

ここ数年のアディダスの「完全な球体に近づいたボール(以下、完全球体タイプ)」は
無回転のブレ球を蹴りやすいことが特徴だけど、
それは下手な選手でも比較的簡単に蹴れてしまう、とも言えた。
(それ以前のボールではブレ球を蹴れるのはブラジルのジュニーニョ・ペルナンブカーノや
日本では三浦淳くらい、ほんの一握りの選手だけだった。)

ジャブラニは表面に小さな凸凹がついている。
雨で滑りやすかった完全球体タイプの欠点を補う為だという。

なんでもないパスやシュートでも軌道が読めなくなってしまうのは
この凸凹と軽さの為だろう。
(あとはあのキラキラシールみたいな七色の表面が選手の目を眩ませてるんじゃないか?(笑))

予測不能な軌道に困惑する選手が多い中で、
スペインのシャビ・アロンソなどは、ジャブラニでも長短のピンポイントパスを次々通していた。

スロベニアのビルサのシュートも、
スローで見るとしっかり確実にボールに回転をかけているのがわかる。

技術の差が、より正確に現れるボールになったと思う。
ジャブラニは、テキトーに蹴ったボールはテキトーに飛び、大事に蹴ったボールはより正確に回転や変化がかかって飛ぶ。
だから、もともと高い技術を持った選手がジャブラニを使いこなせるようになれば
慣れるほどに創造性豊かなボールが、イメージ通りに蹴れるようになる。
下手な選手は、ブレすぎる性能を利用して、運任せのシュートに頼ることになる。


最近、Cロナウドの無回転シュートを見ていて気になることがある。
無回転シュートは適当に狙って蹴ったらあとは運任せの変化が起きるはずなのに
なぜCロナウドの無回転シュートは、ピンポイントでゴール隅を狙ったかのように飛ぶのだろう。

もしかしたら、ブレ球の軌道さえコントロールしているのでは・・・?
彼のシュートやFKを見ていると、冗談抜きでそう思えてくる。

もしそうであれば、ブレ球は誰でも蹴れるが、
一握りの高い技術を持った選手に限っては、
その軌道をも予測してコントロールできる時代がもうすぐそこまで来ていることになる。

そしてジャブラニは、その技術をさらに正確に表現できるボールに成り得るかもしれない。

この自分の超テキトーな勘が当たったとしたら、
ファンタジスタが評価される時代がまたやってくる・・・!?
それとももっと異次元なサッカーの新時代が訪れる・・・!?

そんな妄想をさせてくれる、新ボール、ジャブラニ。

今はまだ、確かに酷い軌道を描くことが多い。
でもいくつかのパスやシュートは、
今まで見たことも無い美しい軌道を描いている事は見逃せない。

表面の凸凹加工の改善が進むなどすれば、扱いやすさも向上し、さらなる発展の可能性を秘めている。

新技術には失敗もつきもの。しかし失敗作だといってすぐに捨ててしまうのは待ったほうがいい。

2010年6月18日金曜日

勝たねば未来も明日もないと思って戦おう。

世界の強豪を自負する国のメディアからは
日本対カメルーンはつまらない試合だったと評価されているらしいけど
ああもう、どんっどん低く評価して下さい。
世界の評価を気にして試合するわけじゃないから。
日本の為にやってるんだから。

列強諸国(と、それにかぶれた馬鹿な自称ジャーナリスト、自称ライター)は
アジア・オセアニアやアフリカをせいぜい馬鹿にしていて下さい。
いつかは足元すくわれる日が来ることを覚悟しながらね。


まあでもオランダ戦・・・
まだ足元すくうのは難しい・・・
ブラジルやスペインがやったって簡単に勝てる相手じゃないんだからね。

でも難しいだけで、不可能なわけじゃないから
カメルーン戦のように最後まで勝つための試行錯誤を諦めないで欲しい。

カメルーンに勝ったことで、次のオランダ戦に繋がったわけで
また勝つことで次に繋がる。

目先の勝利を得ることは、決して未来を見ないということじゃないんです。

カメルーン戦という未来を見据えて練習してきたことで、勝ったのです。

勝ちに行ってあたりまえ。勝たねば未来も明日もないと思って戦うのです。
W杯という本番の、この日のためにやってきたのだから。
ここで勝ちにいかねば、いつ勝つんだと。

次はオランダ戦のために。それがデンマーク戦という未来に繋がるのだから。

都築レンタル

「Talk on Together 2010」から↓

清尾氏:どうしても、心情的に、頑張ってくれた選手に対する愛着っていうのは皆さんあると思うので、そこのところの残念さというのはどういう場合も否めないっていうことですよね。


柱谷GM:これはちょっと言っていいか分りませんが、京都で監督をやっているときに、J2で優勝して、J1に上がる年に、サンガでずっと中心選手としてやっていた選手がいましたが、その選手は怪我気味で、優勝争いをしているときに出られませんでした。それで、最後に怪我も治りましたが、チームも調子がよかったので、その選手は使わずに優勝して終わりました。その選手は、サンガにすごく貢献してくれた選手でしたが、その選手が結果的に次の年に他のチームに移籍しました。それはまあ、僕の戦術が気に入らなかったのか、他のチームに行きたかったのか、分かりませんが、その選手が移籍したのです。すごく貢献してくれた選手でしたが、そのときに僕のところに広報の人が封筒に入った手紙を持ってきたんです。「柱谷さん、こんなの来ましたよ」って。それを開けてみたんです。そうしたら、サンガのファンクラブの会員証ありますよね、それにはさみが入っていたんです。会員証っていったら、皆さん、命みたいなものですよね、サポーターにとっては。それがバツって切られて僕のところに送られてきて、その手紙を見たら、こういう選手を出した、大好きだった貢献した選手を出したから、私はサンガのサポーターになりませんって。そのときに広報のスタッフはやっぱりびびるわけですよ。でも僕がそのときに言ったのは、この人はサンガのサポーターじゃない、この人はその選手のファンであって、サンガのサポーターじゃないって言いました。すごく残念なことではあるし、失うのは悲しいことではありますが、これでクラブはめげちゃいけないとその広報のスタッフに言いましたし、全部のスタッフにその話をしたこともありました。選手を好きなことに間違いはないと思いますが、選手だっていつかは引退するわけですし、移籍することもあるわけですから、いつまでもクラブのサポーターでいてほしいと僕は思っています。

 

あのねぇ柱谷さん、俺はこれ読んだ時、すごくがっかりしましたよ。
柱谷さんには現役選手時代のこともあって
選手やサポの気持ちを汲んだ仕事をしてくれるんじゃないかと期待していましたからね。
 
サポーターの選手に対する愛情ってのはそんな簡単なもんじゃないんですよ。
愛着じゃないんです、愛情なんです。
そのサンガのサポーターもムカッ腹立てて手紙送ったんでしょうよ。
だけど本当にサポーターをやめたかどうかなんてわからないんです。
 
愛することに疲れたみたい。嫌いになった訳じゃない・・・
~・・・それでも恋は恋。って歌がありますけどね、
愛することや、恋することと同じで、複雑なんです。
 
選手をずっと浦和にとめておくことはできない事なんて
僕らサポーターだって百も承知です。
いつか別れが来ることだって、いつか愛が壊れることだって、覚悟してます。
 
94年に柱谷さんが浦和から柏に移った時だって、
サポーターがどんな複雑な気持ちで送り出したか、
柱谷さんだって忘れてはいないと思います。
 
だけどここ数年の浦和には、
そんなサポーターの気持ちを汲む姿勢が欠けていると感じています。
それから選手の気持ちを汲むことも・・・。

なんでも欧州路線、なんでもシビアなプロの世界、と
簡単に割り切って良いとは思いません。

愛するクラブ、愛する選手だからです。
 
主力選手や功績のある選手の移籍に文句言ったらサポじゃないんですか?
こんなクラブの応援やめてやる!って言ったらサポじゃないんですか?
 
違いますよね。
愛情です。どうか、愛情を理解して下さい。
(移籍させんなって言ってるんじゃないですよ)
 
 

都築よ、焦ることはないよ。
今やってるW杯見てごらんよ。
30歳越えたGK、40にも迫るGK達が、世界のトップレベルで輝いてるぜ。
GKは経験がものを言うポジションだからね。これからさ。
もう一度、何度でも、また浦和でアジア獲ろうぜ。ついでに世界も。
 
 



都築のレンタルについては、監督が浦和で使うつもりがないのなら
その間、半年だけでも出場機会があったほうが都築の為でもあるから
反対はしませんけどね。レンタルなら。

(都築も山岸も、世代交代が迫ってる年齢じゃないよな。
GKってポジション考えたらさ。)

でも今はあえて書きませんが、この流れの「裏」が見えて心配なんです。

出ましたアンチフットボール。

先日、セルジオ越後氏について「外れるのはセルジオ越後」と書きましたが
セルジオさんはカメルーン戦の勝利で掌を返してくれたので
自分も掌を返して前言を撤回し、セルジオさんにごめんなさいしたいと思います。
ツンデレおじさん、ごめんなさい。ほ、ほんとは嫌いじゃありません。
やっぱりあなたは、 時 々 は 日本サッカーに必要です。


だが金子達仁、てめーはだめだ。(ついでに山内雄司氏もなんなの)
http://wsp.sponichi.co.jp/column/archives/2010/06/post_1614.html


> 皮肉ではなく、本心から思う。この勝利は、日本代表の勝利ではない。岡田監督の勝利だった。勝ち点3と引き換えに、日本サッカーは大きなものを失った。日本=退屈。日本=アンチ・フットボール。この試合で張られたレッテルを剥(は)がすには、相当な時間が必要になることだろう。


> こんなにも苦く、こんなにも悲しい勝利があることを、わたしは初めて知った。


日本代表の勝利ではなく岡田監督の勝利?ハァ?
岡田監督も含めて日本代表なのでは・・・?

自分は「日本代表」という言い方はあまり好きではなくて、カズの世代なんかが使う「全日本」というほうが好きです。
全部の日本選手を代表する選手達という意味と、監督やコーチ、協会やサポーターも含めた全ての日本サッカーのチームである、という意味にも取れるからです。
しかし日本代表という言い方であっても、全日本と同じ意味で捉えています。

だから岡田監督の勝利は日本サッカーの勝利です。
別に監督がオシムやジーコやトルシエのように外国人であっても、日本サッカーの勝利です。

というかですね、
仮に金子さんの言うとおり岡田監督が自分の為に戦ったとするなら、
それこそもっと世界の評価を得られるような戦い方をしたはずですよね。
何点取られようが、勝とうが負けようが、パスを繋げと選手に指示したはずです。

だって守備を固めたらアンチフットボールをやった監督ってレッテルを貼られちゃうんでしょう?
あはははは。ダメだ。もう笑い堪えられないアハハハハハハ!!

>勝つためにはただ蹴っておけというサッカーをやってしまった。

アーハハ、アーハハハハハハ!!
か、金子さん、あんた何年サッカー見てるんですか?
昔話持ち出して玄人ぶったって、あのカメルーン戦を見て
ただ蹴っておけというサッカーに見えたんですか?ブハハハハ!!
ギャハ、ギャハ、ギャハハハハもうダメギャハハハハッ!!



結局あんた、日本を貶めたい、辱めたいだけなんでしょう?
日本が強豪国と同じに出来るレベルに無いことを知っていながら
わざと強豪と同じように出来るかのように言い、出来ないからと
弱い日本、情け無い日本、アンチフットボールな日本だと言いたいのが本心でしょう?

もっと言えば、本当はエトーにボコボコにされる日本が見たかったんでしょう?


ああもういいや、色々ツッコミたいことがまだまだあったけどもういいやプッ。
せいぜい苦しんで下さい!せいぜい悲しんで下さい!
あーそんでスペインの応援でもしてやって下さい!
えっ?韓国応援するんですか?ま、どっちでもいいですけど。

日本サッカーの事は心配しないで!!
日本の子供たちは、日本の勝利に勇気付けられながらも
「僕ならもっとうまくプレーして、かっこよく日本を勝たせてみせる!」って
夢と希望を持って練習してくれますから!!!!


(つーかまだ日本はGLでオランダ、デンマークと2試合あるんですけどね。
なんでまだ終わってないのに岡田監督の全てを見たり!みたいな反応するんですかね。
金子氏も山内氏も早漏ね。)

2010年6月17日木曜日

アンチ・オシム。

スペイン 0 × 1 スイス

スイスの粘り強く諦めない気持ちが伝わってくる、
そしてそれをなんとかこじ開けようとするスペイン、
双方の人間的で美しいサッカーに心打たれて感動していたのに
オシムの言い訳を聞いて胸が悪くなりました。

・FIFAはアンチフットボールに走っている。
・スペインやブラジルは大会前から肉体的疲労もあるが、
 精神的に疲労している為、プレーのクオリティが低かった。
・(スイスのような)守備的サッカーに未来はない。

自分が推していた、期待していた、シンパシーを感じていたチームが負けたからといって
この言い訳は酷すぎるんじゃないですか?

スペイン代表はリーガやCLを戦った選手たちだから疲れている?
えっ?スペインの初戦は大会6日目(一番最後)ですけどねぇ・・・。疲れてるんですか・・・。
日本の本田もCL出てるしロシアと日本の往復・・・そしてアフリカへの移動で
くったくたに疲れてきっとゴールどころか歩行もおぼつか・・・あれ?ゴール決めちゃった!?

CLは世界最高峰だっていつもスカパーのCMで言ってるじゃないですか。
じゃあどんな日程にすればCLとW杯の両方を最高峰にできるんですか?
各国のリーグは地理的、気候的、経済的、様々な理由で日程は同じにはできませんよね?
一年はどんなに頑張ったって12ヶ月しかないんですよ。どうやって調整しますか?
良い案があるなら今すぐオシムさんがFIFAに提案して下さい。
(言われなくたってFIFAもきちんと問題を把握しています。)



そもそも、プレーのクオリティが低かったなんて、
全力で戦った両チームに失礼です。
オシムさんが率いた過去のチームだって時が経って大幅に美化されている部分があるわけで、いつでも万全のクオリティで戦えていたわけじゃないでしょう?
疲れもある、プレッシャーもある、そんな中で全力でプレーする姿に人々は感動し、「美しかった」と思えるのです。
パスやシュートだけに美しさを感じている訳ではないのです。


守備的サッカーに未来はないとか、守備的なほうが簡単だとかおっしゃいますが、
そういう事を言う人は、自分達の土俵で戦わせようとするのが狙いなんですよね。
無敵艦隊は海でないと戦えませんもんね。だから海に引きずりこみたいんですよね。

つまり自分達の「攻撃的サッカー」という戦術的ホームでないと勝てないもんだから、
守備的サッカーを貶す・・・姑息な魂胆ですよね。ミエミエですけど。

自分がサーベルを持って戦っているからといって、
盾を構えている相手にも、盾を捨ててサーベルを持って戦えと言っているようなものです。
自分も盾を構えればいいだけなのに、相手を卑怯者呼ばわりするのはどういうことでしょう?

まぁ最後は両手にサーベル持ってブンブン振り回してるうちに
息切れしたところを盾でブン殴られて負けるワケですけどね!!

そういえば、確かCLでもバルサがインテルにブン殴られてましたね。
あれもバルサが疲れてたんですか?


影響力のある言葉を発するオシムさん。
日本で「アンチフットボール」という言葉が流行るかもしれませんね。

でも自分は今日、アンチオシムになりましたよ。
影響されることももう無いでしょう。


そ れ よ り な に よ り !
正真正銘の素晴らしいフットボールをやり遂げたスイス、そして全ての出場国に拍手!
グループリーグ2戦目も楽しみな試合ばかり!

(チリとホンジュラスも素晴らしかったから、次もスイスが勝つとは言えないけどね。
もちろん次もスペインが負けるとも言えない。それがフットボールだから。)

2010年6月15日火曜日

皆で勝ち取った勝利は最高に美しい!

オラの亀から出んまーく!


カメルーン戦。最高でした。
個人的には日本の歴代ベストマッチに認定します。

人もボールも動く夢のあるサッカーではなかったかもしれない。
スペインやバルサのような美しいパスサッカーでもなかったかもしれない。

でも、

闘志漲るプレー。

知性溢れる戦術眼。

最後まで試行錯誤を諦めない姿勢。


サッカーに必要なものは全て揃っていた。


全ては勝利の為に。


決して格好の良い勝ち方ではなかったし、
荒削りなプレーも多かったです。
カメルーンに硬さがあったのも事実です。
でも選手は、今持てる力を出し切ってくれました。

監督やコーチー陣、スタッフらは
「付け焼刃」などと馬鹿にされながらも
最後まで勝つ為の手段を考え、
実行し、そしてピタリと読みを当てました。

勝利への渇望と、飽くなき努力、決断への勇気、
1つの試合にかける思いがハッキリと伝わってきました。

だからこそ、誇りの持てる「日本代表」でした。

勝ったあああああああああああ!!!!


でもグループリーグを突破してこそ勝利。
ベスト4の目標を達成してこそ勝利。
そして優勝こそが勝利です。

まだまだ長い道程、勝負は終わっていません。
それでも、このカメルーン戦の勝利は忘れてはいけません。

全ては次の勝利の為に。



5月のブログ記事http://d8959.blogspot.com/2010/05/blog-post_13.html
で、ACLをふがいない試合で敗退したガンバと鹿島への批判として

>平日にスタジアムに駆けつけたファンやサポーターに対して

>失礼だとは思わんのかね。
>試合に向けて準備してくれたスタッフに失礼だとは思わんのかね。

と書きましたが、
長谷部がカメルーン戦試合後のインタビューで
応援してくれる人や、準備をしてくれたスタッフに感謝の言葉を述べていました。

これが日本に足りなかった気持ちです。
本当なら、こういう気持ちは、日本人がとても大事にしてきたものなのに。

日本人らしいサッカー。

その答えは、ちゃあんと日本人の中にあったものなのです。

2010年6月11日金曜日

何故、純粋に「勝つこと」に対してモチベーションを保てないのですか?


【山田暢久】「相手に決勝トーナメントは行かせない、ということだけをモチベーションにみんなもやっていたと思います。守備に関しては失点をゼロに抑えることがきっちりできたと思いますが、そんなに今日は得点チャンスが作れなかったので、そこが反省点です。」


ちょちょちょ、ちょっと待って。
磐田や清水に勝点を与えて決勝トーナメントに行かせてしまったのは誰?


マリノスには悔しくて泣いた選手がいたそうですが、相手の決勝トーナメント進出を阻止して、相手を悔しがらせて、それでレッズのミッションは成功ですか?

 レッズはまた、相手の優勝を阻止したとか、決勝トーナメント進出のかかった相手を完封したとか、そんなことで納得するレベルに落ちてしまうんですか?

(そんなモチベーションで最終節に臨んでぼろ負けした赤いチームがあったような記憶があるけど、きっと気のせいですね。)


結果に対してのハードルを下げ・・・、内容に対してのハードルも下げ・・・、
それでいて「次に切り替えて」とか「ポジティブに」という言葉を巧みに使って逃げていたら、成長は見込めないどころか、ハードルを下げたぶんだけ落ちていくだけです。



「間違った批判をしてはいけない」とは、一体どんなことを指しているんでしょうか。
・・・よくわかりませんけどね。


指導者(特に「自分はサッカー先進国から来た伝道師である」と考えている人!)が、勘違いしがちな事があります。

教える側と学ぶ側では、教える側のほうが偉い(正しい)と考えてしまうことです。

教える側は、学ぶ側を評価します。
しかし、学ぶ側も、教える側を常に評価していることを忘れてはいけません。

指導者は、自分より学ぶ側のほうが柔軟で鋭い感性であることに気付かなければいけません。


教師が批判の正否を勝手に決め、生徒の感性を頭ごなしに否定することは、生徒の成長だけでなく、「生徒から教わることもある」と感じる機会を失い、自らの成長も妨げてしまう、とても愚かな行為なのです。


「私の授業が理解できずに批判する者は、高度な内容が理解できない馬鹿者だ」
などと思っている教師がいるとしたら最悪です。

生徒の中には、いつか自分を超えていく者もいて、或いはもう自分より上な生徒もいるかもしれない、と考えなければいけないのです。


自らも成長しよう、生徒から教わろう、という気持ちは、指導者にとって最も大事なことです。
決して忘れてはいけません。

2010年6月7日月曜日

DVD-R50枚組買ってきた。

サッカーは裏切らない!

サッカーは裏切らない!

サッカーは裏切らない!



スカパーは全部やる!
俺は全部見る!

ということで、今回もグループリーグから全64試合見る為、DVD-Rを買ってきました。

W杯の試合は、世界中の国々のサッカーを知る為に、他にない機会なので、98年のフランス大会から全ての試合を見てきました。
苦行に近いものがあるけど(笑)、これだけはやめられません。

強豪国や日本代表の試合はいつもテレビで見られるけど、中堅国やW杯初出場国の試合なんかは、普段見られる機会が無いですからね、W杯は世界中のサッカーを知る最高の機会です。
そしてこれを逃してしまうと、次のW杯までなかなか見ることができないので、いつも全てビデオにとってW杯期間が終わっても、ゆっくり見られるようにしています。

フランス大会のペトロが出てたユーゴスラビアの試合なんかは、今でも時々思い出してビデオを見たりします。
あれを見るとペトロビッチが浦和にいたことが誇らしくて嬉しくて、たまりませんよ。

中堅~弱小国の中から、浦和に安く獲ってこれそうな無名選手を探すのもなかなか面白いです。
こういった国が強豪国を相手に勝ち点を得るには、相当頭を使わないといけないので、その中で活躍できる「頭の良い選手」を見つけたりすると、名前を覚えてその後の動向を気にかけたりして。

でもグループリーグから決勝戦まで全部で64試合、中堅国以下どうしの試合は再放送の回数が少なかったりするんで、
撮り忘れが無いように放送スケジュールを常に頭に入れておくのは試合以上に緊張感がありますよ(笑)。

それでも今はHDレコーダーがあったり、DVD-Rが安価なんで随分楽ですけどね。昔はダンボール1箱分のVHSが必要でした。いまだに保管場所に困るし、DVDにダビングするのも辛い・・・。

まぁそんなわけで、W杯期間中と閉会後しばらくはブログはお休みになると思います。

2010年6月6日日曜日

4-2-3-1 → 4-4-2

(記事が途中で切れて投稿されていました、ごめんなさい。修復しました。)

岡田監督「今までのやり方を大きく変えるつもりはない。」

つまり走って走って走りまくるサッカーで本番も行くということか・・・。

ところで本当に日本は本番で走れるのか?
という疑問が沸いてきます。

イングランドとのテストマッチで4-1-4-1にして
中盤にアンカーを置く形をとったことで守備の意識が格段に向上しました。
マーク(プレス)の受け渡しを明確にして、
それが間に合わないゾーンを「1」が埋める形なので
アンカーを置いたとは言っても実質は中盤は1と4の2ラインではなく
中盤の中で「1」が余る感じの1ラインでした。

これでゾーンディフェンスはまずます機能したけど
せっかく粘り強い守備でボールを奪っても、
全体が押し上げる為の前線の基点がFW1人になってしまい、
チャンスを作れなくなってしまいました。

走りまくる時間を作ることができなくなってしまったのです。


ではこれを「今までのやり方」と組み合わせて
もう少しチャンスを増やし、攻守のバランスを良くする方法はないでしょうか。

それもW杯初戦までの短期間で
可能な範囲での改善策を探ってみたいと思います。

4-1-4-1から今までのやり方である4-2-3-1に戻します。
すると今度は、中盤でのプレッシングが難儀になります。





図の黄色の円で示したゾーンを、現状では
ウイングが下がってカバーして数的優位を保とうとするのですが、
ここを埋めるまでの時間をリトリートしながらのプレッシングで稼ぐとなると
最終ラインと共に全体が自陣深くまで引かざるをえない場面が増えてしまいます。
(本来、トップ下が下がって守備に参加するのがセオリーで
 これによってピッチをワイドに使った攻撃に繋げられるのだけど・・・)

するといざボールを奪っても前線の基点(トップ下とFWの2枚)を使って攻めようにも
長い距離の押し上げを待つのはかなり苦しくなります。
これを繰り返していると、守備ラインはドンドン下がり、
ますます攻撃に時間が必要になるという悪循環に陥ってしまうのです。

4-2-3-1や4-3-3のウイングは、極力、サイドを個人の力でこじ開けるのが上策です。
1人で突破できれば、SBが後ろを固めたまま攻撃ができるからです。
しかし、低いラインでの守備に参加した後の速攻では、
本来のウイングの位置に戻るまでに、相手にも守備ブロックを作る時間を与えてしまいます。
これを打開すべくMFとSBらとのコンビネーションでサイド攻略を図ると
今度は自陣SBの背後に大きなスペースを作ってしまいます。

高い位置でボールを奪い、縦に早い突破をして始めてウイングは意味を持ってくるものです。
(ロッベン、リベリなど)

日本の場合、4-3-3にしてSBの前のゾーンをウイングが下がらずに中盤の3で守ったり
4-2-3-1のトップ下が引いてきて、中盤を3にしたりという考え方はあまりできないと思います。
3枚で守れる力を持った選手がいないからです。
結局ウイングが中に絞って4-4-2の形に帰結します。


そこでできるだけ「今までのやり方」である4-2-3-1に近い形で
今までより攻守のバランスを良くする方法を考えてみました。


中盤をフラットに並べてFWを縦に並べた4-4-2。

一見、ウイングを中盤に下げた今までの守備陣形と同じようで、
違うのは中盤を1ラインにして、最終ラインを押し上げてコンパクトにしたこと。
つまりこの陣形にはウイングが存在しません。

ウイングがウイングとしての意味を失っているのならば、
最初からウイングを置かずにサイドーハーフにしてしまうという考え方です。
当然、ウイングに適した選手ははずし、もともと守備的なプレーもできる選手を入れます。
長谷部、稲本、遠藤、阿部、今野(怪我回復次第)らの攻守のバランスのとれた選手を中盤に置き
彼らを状況に応じて攻撃の基点にし、
場合によってはどちらかのサイドに、より攻撃的な選手を入れます。


攻撃を前提とした陣形ではなく、まず守備を前提として考え、
それでいて攻守のバランスを今まで以上に攻撃よりにする。
単純に言えば、イングランド戦の4-1-4-1の中盤の1を削り、前線に1増やしたというだけです。
セカンドトップには縦に早い玉田や、
相手の守備の2ラインの間からもシュートを狙える本田などが適任です。


最初の図と比較してみるとわかるように、
こちらのほうが最終ラインが高くなっています。
つまり、ウイングが引いて中盤を4枚にしたのではなく、
最初の図のボランチにあたる1ラインがウイングの高さまで押し上げて
それにともなって最終ラインを高く設定しています。
トップ下はFWの位置まで押し出されてセカンドトップの形になります。

最終ラインを高く保つことは当然、DFの背後をつかれる危険も生まれますが、
相手のカウンターをリトリートしながら守るにしても、
ラインを高く設定したことで、
守備ブロックを形成する時間を稼ぐ「距離」を得ることもできると考えます。
ショートカウンターでSBの前のスペースを使われるよりは
多少リスクを減らすことができるのではないでしょうか。

では、攻撃に移った時は、これでは同じ結果ではないか。
という疑問にも、全体をコンパクトにして、ラインを高く敷くことで
相手ゴールまでの距離は4-2-3-1の時よりも近くなる為、
幾分、攻撃力もプラスされるはずです。

4-2-3-1にしても、4-4-2にしても、
最大の問題は、守から攻、攻から守、でどれだけコンパクトな陣形を保ちながら
上下にハードワークできるか、そしてパスを繋げるか、にあります。

残念ながら、ここで提案した4-4-2でも、その問題の根本は解決しません。
一旦守備に追われれば、ラインを高く押し上げるのが困難になるからです。

しかしながら、ポジションごとの守備ゾーンを明確にできること、
中盤を1ラインにすることで「DFと中盤の2ライン」という考え方が生まれ
ラインの上下動を、よりコンパクトな陣形を保ちながらできるのではないかということ、
それによって高い位置でボールを奪える可能性が高くなること、
これらの改善で幾分、攻守のバランスが良くなるのではないでしょうか。


もちろん、これには「ハードワーク」という大前提があります。
でもこれらの改善で少なくとも、12キロも走る必要はなくなるのではないでしょうか(笑)。


イングランド戦での劇的な“守備の意識の変化”をヒントに
ほぼ同じ陣形でありながら、少しの変更により生み出される
“攻撃の意識の変化”について考えてみました。

日本代表には、どんな方法でも良いので、とにかく、
勝つ為の方策を、最後まで諦めずに考えてほしいものですね。


あー、それにしても、W杯って、こうやって、あーでもない、こーでもないと、
色々考えて本番を待つ、この時期が一番楽しいです!

外れるのは、セルジオ。セルジオ越後。

セルジオ越前屋俵太曰く
「ユニホームを上に投げて、拾った11人を出せばいい。
 そのくらい、どうしようもない試合だった。」

セルジオさん、それで、どうすれば日本は良くなりますか?
サッカーの専門家ですよね?
当然何か策はありますよね?

こういう具体的な解決策も妙案も何もない
日和見な解説者だか評論家だかわからない人は、
新たなサッカーファンの増加を妨げるうえに、
ライト層にも間違ったサッカーの見方を植えつけるだけで
はっきり言って日本サッカーの成長の妨げにしかなりません。

(そもそも、大会直前のテストマッチでここまで投げやりな感想を持つ時点で
 セルジオさんの専門家としての能力、知識を疑います。
 テストマッチではデンマークも連敗していますよ。フランスは中国に負けていますよ。
 チームのコンディションは本番にピークを持ってくるものです。)

「どうすれば勝てるのか。」
日本サッカーのファンがみんなで考えています。
なぜなら、勝ちたいからです。

ファンが試行錯誤して勝てる策が見つかったところで
それを岡田監督が採用するわけではありませんが、
僕らは同じ青いユニフォームを着て戦える知恵と勇気を持っています。

しかし、知恵もやる気も出さない人、やる前から投げやりな態度の人は、
投げられたユニフォームを掴む権利さえありません。

外れるのはどの選手でもなく、岡田監督でもなく、セルジオさん、あなたです。

2010年6月2日水曜日

ナビスコ清水戦は本当に良い内容だったのか。(2)

(最近、熱くなって乱暴な書き方になることが多いので今日は自重して丁寧に・・・)

(今回もまたまた、長~い文章になっていますが、レッズの現状の最大の問題点だと思っている内容を素人なりに頑張って書いたので、面倒なところは読み飛ばしていただいても最後まで読んでいただければとても嬉しいです。)


 バックライン、最終ラインで起きた同じ種類のミスを考察し、そこから「良い内容だったか」を探っていきます。
 最終的には前回の「得点が取れなかった理由」につながるものだと思っています。

 まず最初に断っておきますが、
 以下に示すような種類のミスは、疲労で足が止まった試合終盤なら、どんな強豪クラブでも起こりうる事だということです。
 しかしここでは、試合の前半、それも立ち上がりの時間から立て続けに起きた事を問題として取り上げています。
 たった1つのミスを取り上げてケチをつけているわけではないことをご理解下さい。

(加筆:バックパスそのものを批判するものでもありません。なぜかバックパスは全て悪であるような風潮がありますが。)

(画像はクリックで大きく表示されます。)
前半2分
 左サイドセンターライン上の宇賀神から後方のスピラにパス
 →兵働が詰めて、スピラがGK加藤に戻す  
 →右サイドタッチライン際のサヌがパスを呼び、加藤は一旦サヌに視線をやるが、詰めてきたヨンセンがコースを塞ぎ、加藤は左に持ち替えて前線に大きくクリア。

 兵働にスピラへのパスコースは塞がれ、ヨンセンには山田とサヌのコースを塞がれている状態で加藤が孤立。
 ここで浦和の選手が動き直して加藤をサポートして、しっかりパスを繋ぐことが出来ていれば、清水の選手がこれだけ前につめた結果、浦和に中盤でフリーになる選手(細貝、ポンテら)が生まれる為、優位に攻撃につなげることができたはずです。
 

 ではどの様に選手が動けばそれが可能であったかを次のシーンを例にして図解します。


 そのクリアを前線左サイド田中が受けるが相手に詰められてスローイン浦和ボール。
 →浦和左サイドセンターライン付近から宇賀神スローイン
 →スピラノビッチが受けて後方に運びながら  
中央の山田にパス
 →中にパスの出しどころを探すも見つからずスピラに戻す
 →兵働に詰められてGK加藤にパス
 →スピラに詰めていた兵働がさらに加藤に詰める
 →加藤慌てて前方に蹴るもセンターサークル内の相手へのパスになる。
(画像内ヨンセンは兵働の間違いです)


 ここでも動き直してサポートする選手がいない為、加藤が追い詰められています。
 スピラは加藤にパスすると同時に、加藤のパスコースを作る為に瞬時に動き直しをする必要があったのです。
 さらに連動して、スピラがパスを受けた後に素早くビルドアップを開始すべく左サイドの宇賀神は戻る必要がありました。(歩いていましたが・・・)



 山田においては前方に歩を進め、ヨンセンに広大なスペースを与えてしまっている。加藤のクリアをヨンセンやその後方の選手に拾われていたら・・・!!

 最終的にこのシーンでは、加藤のクリアが低くなり、相手の中盤に拾われ、右サイドから攻められてCKをとられてしまいました。
 
前半5分
 右サイドサヌがFKをスピラに蹴る
 →前方にパスコースを探すスピラに対して清水選手が寄せる
 →ギリギリのタイミングで前方から下がってきたポンテにパスが渡る
 →右のサヌにパス
→清水の守備ブロックによりサヌは山田にバックパス
 →山田2タッチの後、左サイドの宇賀神へのサイドを変えるパスはミスになる。


 最初にスピラにボールが渡った時点で、なぜ山田は後方に下がってパスを受けられる準備をしていないのでしょうか。
 スピラに対して加藤に戻すように指示していながら、自分はそれにそなえて動き直さず、あろうことかヨンセンの影に隠れるポジションに移動しています。

 仮に最後の山田から左サイドの宇賀神のパスが通ったとしても、ポンテが一旦下がったことにより前線の枚数が減った為、攻撃の組み立てに時間がかかったかもしれません。

前半16分
 右サイドの山田から加藤にバックパス。
 ここでもまた味方がパスコースを作る動きをしていない為、過度に慌てた加藤(前半2分が伏線)がバランスを崩しながらクリアすることになります。

 ここでタッチラインを割ったボールをフィンケが拾いにくるのですが、何の指示も与えず、ただサヌにボールを渡すだけでした。
 ここで最低でも右サイドのサヌにはこの流れを断ち切るよう(味方のサポートをして繋ぐ)指示ができたはず・・・。

 加筆:加藤のクリアしたボールが浦和ベンチ方向に飛んできたのは、「幸運」だったはずなのに、これをふいにしてしまった・・・。「幸運」を求めていたのは誰あろうフィンケであったろうに。



前半24分
 センターサークル内の細貝から左後方のスピラにパス
 →スピラ、相手に寄せられて中央の山田にパス
 →山田、ヨンセンに詰められ慌てて加藤にバックパスするもコースが乱れ加藤トラップしきれずボールは後方に流れ、あわやオウンゴール。

 ここでも山田からパスを受けられる選手がいないし、仮に加藤へパスが通ると想定しても、そこからパスを受けようと予測して動く選手がいません。



直後の25分
 CKが流れた後の左サイドでスピラがファウルを貰いレッズボール。スピラがFKで後ろの宇賀神に小さく戻す
 →引いて貰いにきた細貝にパスが渡る
 →細貝、加藤にバックパス
 →相手に寄せられて加藤切り返してクリア。


 戻ってきたのは細貝だけで、そこからまた貰う動きを山田が怠っています。

 ちなみにここで加藤に寄せた清水の選手は、山田が貰いに戻りに来た場合を予測して加藤のパスコースを切る動きをしています。



前半30分
 清水のクリアボールを最終ラインで拾った山田。
 →ここに小野が詰めてきたので加藤にバックパス。
 →さらにプレッシャーに来る小野に詰められて加藤がしりもちをつきながらクリア。


 一見、スピラノビッチや宇賀神の位置からでは帰陣が間に合わないように思われるのですが、小野がセンターラインから一気にGK加藤に詰めて走る姿を見れば、浦和の選手が直線的に帰陣することは可能であったことは明白です。(他のシーンでも同様です)
 ここに浦和と清水の意識の差も見て取れます。


 これらのプレーで仮に加藤が前方へ蹴ったボールが、直接相手のディフェンスラインの裏をつくパスになったとしたら、決定的なチャンスになっていたかもしれません。
 しかし、プレッシャーを物ともせずそんなに遠くに正確に蹴れる技術を持ったキーパーは、全盛期のチラベルトくらいでしょう。

 若く経験の浅いGKである加藤に、ハイリスクなプレーを選択せざるを得ない状況を与えた守備陣、特にベテランの選手は無責任極まりないのではないでしょうか。
 付け加えるなら、某レッズ専門サイトでこの試合の加藤を「フィードが不安定」と評価した専門家(?)も同罪です。むしろ孤立無援の中、加藤は良くやったと思います。


 前半立ち上がりから、これだけ頻繁に同じ種類の連携ミスを繰り返していたのにもかかわらず、「チームに批判的な事を言える内容ではなかった」と言われても、到底納得できません。


 「ショートパスを主体とするコンビネーションサッカー」を標榜していながら、なぜこういった初歩的なミスを繰り返し、ビルドアップのチャンスをみすみす失うのですか?

 例えば世界中の国代表やクラブが理想とし憧れるバルセロナや、W杯でも優勝候補に上げられるスペイン代表でも、ここからビルドアップをしようというコンセプトを持っているし、さらに例えば、パスサッカーをしていた頃の広島(現在は少しずつスタイルを変えている)でも、しっかりと自陣深くからパスを繋いでいました。
 南アフリカで日本と対戦するオランダも、自陣内でも必ず味方のサポートをする意識が徹底されています。(宇賀神はファン・ブロンクホルストの上下動を見習え!)
 
 フィンケの掲げる「ショートパスを主体とするコンビネーションサッカー」は、相手陣内では機能させるメソッドが随所に見られますが、自陣内でのメソッドが欠けていると思います。
 そしてそれが欠けていることが、ビルドアップの起点をバックラインから作れず、結果的に相手陣内での攻撃が行き詰まりやすいことに繋がっているのではありませんか?

 上にあげたミスの場面で、「縦に大きく蹴れ」と指差しでGK加藤に指示する山田の姿が多く見られます。
 繋げられる場面で繋がず、縦ポンを指示。この意識に対して、どうして「チームみんなが同じ方向を向いて」「コンビネーションサッカーを目指す」姿勢を見て取れというのですか?
「とりあえず縦に放りこんで相手陣内に行ってから考えようぜ」という姿勢しか見て取れません。(堀之内がサイドを指差すシーンがありました。しかしサイドにフォローの選手はおらず・・・)
 高い位置でボールを奪って攻撃する、という意識が強すぎてそればかりが先にたち、低い位置では攻撃への意識が低下しているのかもしれません。
 
 
 チームを新たに作りあげる時、多くの監督は「守備から始める」と言いますが、「攻撃から始める」という監督も決して少なくはありません。


 「守備から」というのはまさしく、ボールを奪わないことには攻撃できないから、という意味ですが、「攻撃から」というのも、実は後ろから攻撃を組み立てるという意味では「守備から」と同じことを指しています。

 だから自分は常々、守備的であろうと攻撃的であろうとちゃんと守備の整備をしろよ、と言っているのです。
 しっかり守れて、しっかり後ろから組み立てられれば、守備的なサッカーであろうと攻撃的なサッカーであろうと、自分は受け入れます。


 おさらいします。


 なぜこれらのプレーに批判的な意見を言うのか。

 それは第一に、相手のプレッシャーによってGKとの一対一の場面を作る、或いはGKのところでボールロストする、という致命的な場面を作りかねないミスを繰り返したということ。

 そして第二に、これらの場面では、清水の選手が猛然と浦和DF、GKに詰めてきている、ということは、浦和がしっかり味方へのサポート(パスコースを作る)を行いさえすれば、DFラインからのビルドアップを開始できるチャンスだったということ、そのチャンスをみすみす逃してしまったということです。

 清水にとってこの試合は、Bグループで勝ち抜けるにはどうしても勝ちにいかなければならない試合でした。
 つまり、前半から浦和DFに厳しくプレッシャーをかけてくることは明白だったのです。にもかかわらず、それに対しての備えが全くできていなかったのです。
 加えて、これらの場面で、「相手を食いつかせる」という意識を持って試合に臨んでいれば、相手が食いついてきたところで必ず浦和にフリーな選手ができ、先に述べたように、優位な状況でビルドアップが開始でき、清水の中盤が間延びしていれば、決定的なカウンターのチャンスを迎えることができたのです。

 「ピンチはチャンス」。まさにこのような場面に当てはまる言葉です。
 それがピンチをピンチとし、チャンスを潰してしまうという、二重のミスを同時に犯す結果になったのです。
 
 なぜこのような予測を立てて試合に臨まなかったのか、大きな疑問と怒りを感じます。



 これは推測ですが、清水はこの浦和の最終ラインでの対応を、昨期、今期の試合から、頻繁に起こることとしてチェックし、狙ってきたのではないかと思います。
 そうでなければ、あれほど浦和の最終ラインに「食いついて」来ることは、「ショートパスを主体とするコンビネーションサッカー」を理想とする浦和の思う壺であり、かえって危険だったからです。
 しかしそれをあえて行ったのは、「浦和は自陣からのビルドアップが出来ない」ことを研究していたからではないでしょうか。

 これは浦和をリスペクトしている証とも言えます。逆に浦和は清水をリスペクトしていなかったから、こういった予測を立てられなかったのではないでしょうか。

 お互いに相手を研究し、リスペクトし、そこから始まる駆け引きがあるから、サッカーは面白いのです。


 これらの理由から、この試合は「良い内容ではなかった」というよりむしろ「とても悪かった」「つまらないサッカーだった」と評価して終わります。

 長々と読んでいただき、ありがとうございました。(話の長い人ってやーね)

2010年6月1日火曜日

ナビスコ清水戦は本当に良い内容だったのか。(1)

清水側の視点で考えてみる。

まず長谷川監督の試合後のコメントから抜粋。

「前半に何度かゴール前で危ないシーンがありましたし、後半も裏に抜けられて危ない場面もありましたが、こちらも勝たなければいけない状況なので、リスクを負って攻めようという気持ちはありました。多少は守備のアバウトなところがあっても目をつぶって、攻撃で結果をと思っていましたので、あまり細かいところに目くじらを立てるということはしませんでした。逆にそうでないと、こちらのチャンスも生まれないと思っていました。もちろん、サイドを宇賀神選手に上がられてクロスを上げられてというのはありましたし、エジミウソン選手にチャンスをつくれてというのもありましたけれど、最後のところではよく体を張ってくれたんじゃないかと思います。」


そしてハーフタイムのコメント。

「・集中していい戦いができている

守備ではゴール前で寄せをしっかりとすること
・残り45分、みんな気持ちを一つにして、何とか勝ち点3をとろう」



このコメントではハッキリとは言っていないけど
いつも正直なコメントをする長谷川監督のこのコメントから試合を読み解いてみる。

1 >多少は守備のアバウトなところがあっても目をつぶって、

2 >・守備ではゴール前で寄せをしっかりとすること

永井さんがアバウトな守備をしていたね(笑)。
それはともかくとして、浦和の攻撃の生命線はサイド攻撃にある。
ところが同時に、サイドからクロスを上げても中に高さが足りないという問題もかかえている。
ゆえにフィンケは、サイドをえぐってグラウンダーのパスでフィニッシュに持ち込むというコンセプトを持っている。(中で背の高い選手が高さで合わせる攻撃は嫌いともコメントしている)

こういう相手との試合では、まず、最初に注意すべきは、
ディフェンスラインと中盤との間、特に中央での楔を作らせない、ということ。
浦和ではエジミウソンや4-2-3-1の3がその楔にあたる。
ここで自由に動かれて、中央からスルーパスを通されたり、ドリブルやワンツーで抜け出されないようにすること。
これさえ出来れば、サイドにボールを展開されても構わない。

サイドからクロスを入れられても、高さで注意すべきはエジミウソンのみで、
中央での高さの攻防では清水が圧倒的に優位だ。
毎日の練習でヨンセンを相手にクロス対応をしているのだから慣れた守備でもある。

ディフェンスラインを低く設定して、さらにMFとDFの間をつめてコンパクトにして
中央突破を許さなければ、清水にとって守りやすい状況になる。

これが「アバウトな守備でよい」「ゴール前の寄せをしっかり」という意味につながる。


これを今度は浦和目線に戻って見てみると、
得意のサイド攻撃を狙う浦和は、清水のサイドを次々と攻める。
中の高さが足りない部分は、前半から堀之内が再三、エジと同時に中に飛び込んでいくことで解消。
いくつかチャンスを作るも、一度中央に楔を作ってからサイドへ等のアイデアが無く、
常に空いているサイドばかりを狙って攻める為、中をガッチリ固める清水の守備を崩しきるには至らない。


中を固めてシュートコースや入り込むスペースを与えないことで、
簡単にシュートコースを限定、予測でき、浦和のシュートチャンスにもGKの西部が慌てる場面はほとんど無かった。



つまり、サイドで優位を保っていると思われた浦和の攻撃は、
実は清水にあえて自由を与えられ、ボールを持たされていたのだ。

空いているスペースから空いているスペースへとパスを繋ぐばかりで
清水の中央の守備を崩す「勝負」のプレーが皆無であったことが、
チャンスは作れど決定的なシュートにつながらなかった原因。


最後は浦和が消耗したところで清水がフレッシュな選手を投入。

そして前半から再三に渡って相手ゴールに飛び込んでいった堀之内は
「右のふくらはぎがつってしまった」として、交代を余儀なくされる。
これによって浦和は攻撃時の高さだけでなく、守備においても高さを1枚失ったことになる。

さらには、サイドで清水の狙い通り走らされた宇賀神も足がつって交代。

そして宇賀神に代わって左サイドにシフトした細貝が相手につききれずクロスを上げられ
中で対応するのはクロスへの対応が不得意な鈴木・・・。


狙い通りに浦和を消耗させ、勝負どころを読みきった長谷川監督の完勝といえる。


敵の手薄な場所(スペース)ばかりを攻めていると
最後は敵の守備が厚い場所(スペースが無い)が残り、
フィニッシュでシュートコースが無くなる。

手薄なスペースを探すばかりで、スペースを作る工夫が無い試合だった。

これをどう見れば「良い内容」と言えるのかがわからない。
必然が重なって負けるべくして負けたように思える。


・・次回は「前半に何度も見られたバックパス時の致命的なミス」から検証。

2010年5月31日月曜日

劇的に良くなった代表、変わらないレッズ・・・。

イングランド戦、
日本のゾーンディフェンスが劇的に良くなった。

これでマスコミが
「逆転負け」ばかりをクローズアップして
岡田監督を叩くようなら、マスコミのサッカーを見る目はゼロ。
完全に日本代表の足をひっぱっているだけとしか言えない。

イングランドが完全な調整試合だったから、というのは関係ない。
日本だって調整試合で選手や陣形をいじっていたのだから。

とにかく相手のパスコースを消すこと、スペースを消すこと、
この意識が劇的に向上した。

パスコースを失ったイングランドが
焦れて攻めのパスを選択して、それがミスになったり、
日本がパスカットしたりしたシーンが多く見られたのがその証明。

この間書いたように、岡田監督は現実的な戦術を選択させたら
日本でナンバーワンの監督だ。

イングランド戦では、相手との圧倒的な力の差から
現実的な選択をせざるを得なかったのだと思う。

でもW杯本番でも力の差がある相手と対戦するのだから
今回のイングランド戦の出来は大きな自信につながる。

守備の基本、基礎が、日本だってやれば出来る、
岡田監督だってやれば出来るという証明ができた。

これが何よりの収穫。

そしてこれは当たり前のことだけど
しっかり我慢して守れば、必ずチャンスが訪れるということ。
忘れかけていた事なんじゃないかな。

良かった部分が多く見られただけに
悪い部分、というか毎度の悪癖もハッキリと浮き彫りになった。

両サイドバックが同時に高い位置にポジションを取ること。
センターバックが無駄に持ち上がったり、中途半端に攻めあがること。
これらの悪癖を直すことで、より強固でミスの少ない守備ができることがわかった。

あとは
「最後の20分をどう乗り切るか」

今回もその20分は完全に守備のバランスを失って失点してしまった。
でもこれはまさに「今回も」なのだ。
日本の伝統的な弱さなのだから、
こればかりは岡田監督だけに責任を着せてはいけない。
もちろん過去の監督や、これからの監督にもだ。

実はこの「最後の20分」の戦い方こそが
「日本らしいサッカー」の答えを探すヒントなのだと思う。
ポゼッションか、ダイレクトか、カウンターか、ドン引きか、
これだけは、日本のサッカーファン、日本サッカーに係わる人全てが
自ら考えて答えを探すべき、日本の宿題なのだ。

それはこれからの日本代表もそうだし
Jリーグでも探求していかなきゃいけない宿題。


嗚呼、そしてレッズ。
ナビスコ清水戦でも守備の基本を疎かにしていた。
それも「最後の20分」だけじゃなく・・・。

夏休みの子供のように、宿題を先延ばしにするのか・・・。
夏休み中に終わらなくなって大変なことになる・・・。なんてことが無いように。

レッズも日本代表も負けたのだけど、
その内容の違いは大きかった。

2010年5月29日土曜日

シーモネーター

♪ ドン ドン ドン

   ドーテー

    ドーテー ホーケー

2010年5月28日金曜日

基本を疎かにしたサッカーは、ヘドが出るほど嫌いです。

もう何も言わん、言わんと言いながら、それでも言いたくなる。
それはレッズをあい、あい、愛しちゃったから。


腹に据えかねて溜めておいても胃を悪くするのだけなので
ネットの片隅で吼えてぶちまける。

ナビスコ山形戦の1失点目を例に。


テレ玉の放送は失点シーンの直前しかリプレイしていなかったし、このYouTube動画も守備崩壊の起点からは映ってないので文字でおこしてみた。


浦和から見て左サイドのセンターラインやや山形寄り、山形の14宮本のスローインから始まる。

この時ポンテは宮本のスローを邪魔するわけでもなく振り返りながら歩く。

引いて貰いにきた11北村にボールが渡り、遅れてついた平川が相手の背後から、柏木が前からゆっくり寄せに行く。

北村が前を向いて縦に行こうとする。この時、最終的に得点を決めた10田代はまだセンターライン上にいる。

11北村に対して細貝も寄せていく。平川、柏木も北村に引き寄せられ、坪井、山田、2人の視線も北村に釘付けで、たった一人の選手に対して5人が注意を引き付けられている。この時鈴木は左サイドに侵入してきた山形の8増田を見ている。

スペースが無いとみた北村はあわてず中央の17佐藤に戻す。この時、ポンテはまだ最初の位置で歩いている。


細貝があわててとって返して佐藤に寄せに行くが、佐藤はフリーで上がってきた10田代に簡単にパス。これをまた細貝が追うが、一人で追っても間に合うはずもなく田代はフリーのまま、フリーで上がってきた13石川の指示により、これまたフリーの19秋葉にパス。細貝はパスを出した後の田代に身体を当てた後、さらに秋葉にも寄せに行く。(37:29、テレ玉の放送ではこの時、反対サイド遥か彼方で下を向いて歩く田中が映る)


細貝が寄せに行っている所に、宇賀神も寄せに行き、空いた浦和右サイドに石川がドフリーで走り、そこへ秋葉が難なくパス。この時点で田代はペナルティエリアに侵入し、平川の目の前を通過するも平川それをやり過ごす。斜めに入り込んでくる11北村を追っていた坪井の背後に田代が抜ける。左サイドに残っていた鈴木は田代の存在に気づくも後ろから上がってくる山形選手に気を取られ動き出せず。(柏木はその選手を見ずに歩いている)


13石川に綺麗なクロスを上げられ、田代がフリーで決める。

ちなみに、最初のポンテが後ろから奪われるシーンでは、ピッチ中央、山形選手が誰もいなければ、パスコースでもないエリアで、山田、細貝、柏木が、チンタラ歩きながら傍観している。柏木は一連の流れの中でまったくプレッシングに参加する意志も見せず、ピッチをフラフラと彷徨い続けていた。



この失点シーン、この試合に限った話ではなく、毎度こんなことが繰り返されている。

サイドを崩されての失点だろうと、カウンターの失点であろうと、そこに至るまでに最も基本的な守備であるプレッシングができていない。
個人個人が小さい局面で追いかけるだけで、相手のパスコースをふさぐ味方の動きはほとんどないにもかかわらず、それでプレッシングしたつもりになってる。(Jだとそれでも相手がミスするが・・・)

そしてそれは去年から修正される気配すらない。
7連敗やらなにやら、あれほど痛い目にあったのに・・・。

組織で連動して(コンビネーションで)攻撃しましょう、というコンセプト(意識付け)はわかる。
で、組織で連動して守りましょう、という意識付けは?

攻撃ばかりが楽しいなんて、子供のサッカーでしょ?
ボールの追いかけっこですか?


フィンケには期待していないが、それでも基本に立ち返って、つまらない守備でもキチッと組織立ってやる「意識」が付くだけで、今のサッカーは大きく成長する可能性は秘めていると思う。
だからこそイラつくのだ。できるのにやらないからイラつくのだ。
でもその意識付けに失敗しているのなら、それは監督の責任。


オフトや、ギドや、オジェックのサッカーはつまらなかったかもしれない。
楽しい攻撃が少なかったかもしれない。
だけど、つまらない守備をキチンとやったから、強くなっていったんじゃないの?

(俺は守備的なサッカーはつまらないとか全く思わないけどさ・・・だってギドを始めとした守備の名手やバインのようなカウンターの名手たちに、「ワクワクする守備」を教わってきたからね。)

このままじゃ、ギドやオフト達に合わせる顔が無いよ。

基本を疎かにしたレッズは、俺や、ギドや、俺たちの愛したレッズじゃないと思うんだ。