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【山田暢久】「相手に決勝トーナメントは行かせない、ということだけをモチベーションにみんなもやっていたと思います。守備に関しては失点をゼロに抑えることがきっちりできたと思いますが、そんなに今日は得点チャンスが作れなかったので、そこが反省点です。」
ちょちょちょ、ちょっと待って。
磐田や清水に勝点を与えて決勝トーナメントに行かせてしまったのは誰?
マリノスには悔しくて泣いた選手がいたそうですが、相手の決勝トーナメント進出を阻止して、相手を悔しがらせて、それでレッズのミッションは成功ですか?
レッズはまた、相手の優勝を阻止したとか、決勝トーナメント進出のかかった相手を完封したとか、そんなことで納得するレベルに落ちてしまうんですか?
(そんなモチベーションで最終節に臨んでぼろ負けした赤いチームがあったような記憶があるけど、きっと気のせいですね。)
結果に対してのハードルを下げ・・・、内容に対してのハードルも下げ・・・、
それでいて「次に切り替えて」とか「ポジティブに」という言葉を巧みに使って逃げていたら、成長は見込めないどころか、ハードルを下げたぶんだけ落ちていくだけです。
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「間違った批判をしてはいけない」とは、一体どんなことを指しているんでしょうか。
・・・よくわかりませんけどね。
指導者(特に「自分はサッカー先進国から来た伝道師である」と考えている人!)が、勘違いしがちな事があります。
教える側と学ぶ側では、教える側のほうが偉い(正しい)と考えてしまうことです。
教える側は、学ぶ側を評価します。
しかし、学ぶ側も、教える側を常に評価していることを忘れてはいけません。
指導者は、自分より学ぶ側のほうが柔軟で鋭い感性であることに気付かなければいけません。
教師が批判の正否を勝手に決め、生徒の感性を頭ごなしに否定することは、生徒の成長だけでなく、「生徒から教わることもある」と感じる機会を失い、自らの成長も妨げてしまう、とても愚かな行為なのです。
「私の授業が理解できずに批判する者は、高度な内容が理解できない馬鹿者だ」
などと思っている教師がいるとしたら最悪です。
生徒の中には、いつか自分を超えていく者もいて、或いはもう自分より上な生徒もいるかもしれない、と考えなければいけないのです。
自らも成長しよう、生徒から教わろう、という気持ちは、指導者にとって最も大事なことです。
決して忘れてはいけません。
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