2010年6月21日月曜日

守備的サッカーを「退屈だ」と批判する評論家に捧ぐ。

(我ながらけっこう面白い事が書けたと思うので、駄文ながら最後まで読んでいただけると嬉しいです。)


一発のカウンター狙いの守備的サッカーを
「退屈だ」「消極的だ」「美しくない」と批判する評論家のなんと多いことでしょう。


はっきり言って、馬鹿、無知、まぬけとしか言いようがありません。


サッカーは戦争だ。という人がいますが、
サッカーはお互いに憎しみあったり、殺しあったりするわけではないので、これは間違いです。代理戦争というのも危険な考え方です。

戦争という表現を使ってサッカーを言い表すなら、サッカーは「戦争ごっこ」だと言えるでしょう。
双方の戦力、布陣、国力などを考慮しながら、勝ち負けを争う戦争ごっこです。

自陣ゴールという城を守り、相手のゴール(城)を攻めるのです。
城の前に分厚い城壁を築いたり、罠を仕掛けたり、敵陣に攻め入って攻城戦を仕掛けたりします。

いかにして自国の城を守り、いかにして相手の城壁を崩すか、攻城戦は戦争の醍醐味です。
ピッチ中盤での野戦もまた攻守の白熱した駆け引きが見られて面白いです。


戦力で劣る国は、当然、兵糧や物資を集めて城内に立てこもり、持久戦に持ち込むのがセオリーです。

一方、戦力に勝る国は、相手の城を取り囲んで城壁を壊して場内に攻め入ろうと策を練ります。兵糧が底をつく前に攻略しなければなりません。

守る側も兵糧管理は重要です。どちらが先に兵糧がつきるか、どちらが先に兵士の士気が落ちるかという我慢比べです。

攻める側は、兵士の疲労がピークになる前に、兵糧がつきる前に、城門をかたく閉ざして立てこもる相手をなんとか城外に誘い出して、兵力で有利な野戦に持ち込みたいと考えるでしょう。

そこで指揮官は味方の兵士に、相手の城に向かって罵言雑言を浴びせよ、と指示します。連日連夜悪口を言って、カチンときて冷静さを失った相手が城外にうって出るのを待つ作戦です。

まんまと罠にはまって野戦に持ち込めば、圧倒的な戦力差で相手をねじ伏せたり、ガラ空きになった相手の城に攻め入ったりができるわけです。


さて、ここでサッカーに戻りましょう。

守備的なサッカーでほとんど攻めてこなかった相手に対して、監督が記者会見で

「あんなのはフットボールじゃない。アンチ・フットボールだ。我々は勇敢に攻めたが、相手は消極的な戦術でフットボールをつまらないものにした。」

と相手を批判するコメントをすることがよくありますね。

これを戦争におきかえてみると、監督の狙いが見えてきます。

つまり監督は、相手を城外につり出すために罵言雑言を浴びせたのです。次回の対戦で、自分達に有利な中盤での攻防(野戦)に誘い出す為の、いわば舌戦における罠なのです。

相手の監督が短気で怒りっぽい人なら、まんまとこの舌戦の罠にはまって、次の対戦で、自分達が戦力で劣るのにもかかわらずガチンコ勝負を挑んでくるでしょう。

我慢強く賢い監督なら、逆に「相手は兵糧がつきかけているからあんなことを言っているのではないかな?」と考えて、次の対戦でもさらに城壁を強化して城に立てこもるでしょう。


さてさて、ここで面白いのが、この舌戦の罠に、相手の監督がひっかかるのならわかりますが、

「守備的な戦術はアンチ・フットボールだよな。有名な監督が言うんだから間違いない」

と真に受けて勘違いするサッカー評論家がいるということです!!!!(笑)


さらに、自分が言われたわけでもないのに、この舌戦の罠、駆け引きの妙に気づかずに、

「守備的な戦術は退屈だから観客も喜ばないし未来が無い。だから我々は美しく魅力的な積極的な攻撃サッカーを目指す。(だって有名な先輩監督が言ってたんだもん)」

とか言い出して、城をほっぽり出して積極的に“ 負けにいく ”ことをポリシーとする指揮官もいる、ということも付け加えておきましょう。

或いは以前どこかで守備戦術に悪口を言われた経験があって、いつまでたっても自分が罠に嵌ったことに気づかずに、引きずったままなのかもしれませんが(笑)。


こうして「守備的なサッカーは退屈だ」=「攻城戦は退屈だ」という過った風潮が生まれ、世界中に広まって行くのです。


もう一度言いますが、攻城戦は、サッカーの醍醐味です。攻める側と守る側の知的な駆け引きに満ちた、めくるめくスペクタクルの連続です。

「この分厚い城壁をどうやって破るんだ?」「どうやって相手の城門を開けさせようか?」「はしごやトンネルはどうだ?」

「相手の兵糧がつきるまで絶対に焦れるな!悪口は聞き流せ!」「相手は疲れて酒盛りやキャンプファイヤーを始めたな。よし、今こそ城からうって出よ!カウンターじゃ!総攻撃じゃ!」

こんな駆け引きがサッカーで行われているとしたら、面白いとは感じませんか?

一方のチームが守備的に戦ったら、それは退屈なサッカーだ。という先入観が、我々サッカーファンから、サッカーの楽しさの醍醐味を奪っているのです。

両方のチームが守備的だったとしても同じです。どちらが先にしびれを切らすかの我慢比べ、それは見る側の我慢比べでもあります。
退屈に感じてしまったら、我慢比べに勝って得られる楽しさを失ってしまうのです。


サッカーの評論家は、この楽しさを、ファンに伝えなければいけません。

これからサッカーをどんどん好きになってくれる初心者やライト層、それから間違った先入観にとらわれてサッカーの楽しさを最大限に実感できていない玄人やマニアにです。


サッカーの楽しさを伝えることが評論家の仕事ではありませんか?

目に見えにくい戦術や、監督同士の知的であったり、滑稽であったりする駆け引きを分析して、ファンに教えていくのが仕事ではありませんか?

「あーあ、守備的で退屈な試合だったよ」などと批判することは、それこそアンチ・サッカーではありませんか?

駆け引きも気迫も感じられない試合だったら、こんな試合はサッカーファンを減らすよ、と批判すれば良いのです。

引いて守ることが積極的な駆け引きだと思えないのであったら、もうかける言葉もありませんが・・・。


守備的サッカーは退屈、攻撃的サッカーは面白い、という考え方では、サッカーの楽しさを半分しか味わえていないのです。
守る事は恥ずかしいことではありません。

楽しい事なのです。

2 件のコメント:

  1. 勝負事の戦術とかかけひき
    三国志とか読むとよくわかるやね

    かけひきの面白さを語れない
    キムコ、おすぎはゴミクズでおk

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  2. まさに三国志です。なにしろ三国志マニアなんで。
    先に小学生くらいから三国志とか好きで、戦術とか駆け引きがそういう歴史物と似てたんで、そこからサッカーが好きになったようなもんです。マジで。
    だもんでいつも例えがこんな感じでわかりにくくなります(笑)。

    まぁゴミクズの記事はわかりやすいゴミクズですけどね。

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