なまずの里マラソンに向けて
当日着ていく勝負服をたんすの奥から引っ張り出してきた。
そう、私がアトランタ五輪代表として戦った時の、あの伝説の血染めのジャージである。
これを着て、もう一度戦いたい。
大玉ころがし日本代表の意地と誇りを賭けて。
両手を地面について足で玉をころがし「フンころがしのだいすけ」の異名をとった、あのアトランタの夜から、まだ衰えてはいない、夢を諦めてはいないことを証明してみせる。
誰に頼まれたワケでもないのにネタを仕込む自分。
キ、キライじゃない。
しかしだね、ほんとに誰に頼まれたワケでもないのに、なんで俺マラソン大会なんかに出ることになったんだっけ?
子供の頃から体育の時間のマラソンとか、地域で人数あわせで召集される駅伝大会とか、大ッキライだったこの俺がだぜ?
そんな自分自身について考えてみたけど、ようするに俺は、マラソンするのが目的じゃないんだよな。
鈍った身体を動かすってのともちょっと違って、とにかく「なんか頑張りたい」、ただそれだけなんだ。
たまたまマラソン大会があるって知ったからそこで頑張るってだけで。
俺さ、首の怪我した後、リハビリやってて思ったんだよ。
自分は、自分で思ってたより頑張れる人間だったんだ、って。
人生追い詰められたら、こんなに頑張れる力残ってたってことに気づいたんだよね。
もっともっと頑張れる、もっともっと色々やれる、って、色々やれない体になった時に気づいた。
あの時の俺は、歩く事や社会復帰とかが目標というんじゃなくて、具体性も何も無い得体の知れない「人間としての向上心」で心が満たされていた。
ところがそれから2年、3年と過ぎて、その気持ちは錆びついてしまった。
安定や、幸福に慣れてしまって、心が贅肉だらけになった。
その贅肉だらけの錆びついた心から脱却する為に、
誰に頼まれたワケでもなければ誰の為でもなく、自分の為にやってみる。
正直俺だってなまずの里で勝ち目がないのはわかってるよ。
レースの駆け引きもペース配分も何の意味も持たなくて
全力で走り続ける以外に何もできないことはわかってる。
だけどそれでいい。
俺のゴールは2km先じゃなくて、もっと遠いところにあるから。
(ぬわぁ~んチャッテ。テヘ。)

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