2010年7月30日金曜日

避難所スレ。

エリカ様の弛んだ尻に押しつぶされたい今日このごろ。

みなさんいかがお過ごしですか。

2010年7月27日火曜日

負けて言い訳する奴は、勝ったら必ず驕る。

「最悪勝点1でもいいや」

なんて気持ちの奴らはよ

ちっと勝ったぐれぇで慢心するぜ。

2010年7月23日金曜日

2010年7月22日木曜日

2010年7月19日月曜日

ガンバ戦

同点に追いついて選手も監督も大喜び、か・・・。

集中力以前の問題。

足りなかったのは集中力じゃなくて志。

2010年7月18日日曜日

絶対優勝。

しっ つっ こっ いっ ようだけど、

優勝しかないです。


絶対優勝、意地でも優勝、クソでも優勝。


W杯で中断した分、リーグ日程に歪が生まれてるわけで
これからの夏のキツイ時期をどれだけ良いコンディションで乗り切れるか・・・
それが今期の変則日程の優勝争いで最も重要な鍵になってくると思います。

ナビスコを予選で落としたことを超!ポジティブに考えれば
リーグを征するにはコンディション面で良いアドバンテージになりました。

選手を次々レンタルに出して
そのアドバンテージも消えたのかもしれないけど
戦力的な余裕と自信があってのことだと信じたいです。

なんにせよ、選手層や各ポジションの選手の質は他の強豪に見劣りすることはなく
資金も他クラブと比べれば贅沢なほどあります。

欧州列強と比べて貧乏だなどと言うのは詭弁であって
欧州リーグで優勝せよと求められているわけでもなければ
いますぐ世界トップレベルになれと求めているわけでもないんです。

Jで優勝を狙うには充分な土台の上に立っている。

だから絶対優勝。

求めているのはそれだけです。



サポーターも
コンディション管理だけは本当に気をつけて下さい。

これからの夏の暑さと、W杯イヤーの変則日程は
選手だけじゃなく、レッズを追い続けるサポーターにとっても
かなりキツイだろうから。

サポーターが遠征や連戦で体調を崩して、その後の試合を休んだら
それはレッズにとっての戦力ダウンだから。

リーグ終盤になれば選手もサポも総力戦。
そこまで良いコンディションを保って、
元気にプレーし、元気に応援しましょう。

2010年7月16日金曜日

サッカー新時代。オフサイドの解釈の変更に伴って変化した世界の攻守のバランス。そして新時代を戦う為に見つけるべきレッズのバランス。

 まず最初に、今日はフィンケへの批判ではなく(笑)、考察と提案が主体のブログであることを記しておきます。(毎回そのつもりなんですけどね)

 たとえ批判と捉えられてしまっても全く構いません。クラブの成長をただ見ているだけではファンでもサポーターでもなく、ただのお客さんでしかありません。いちサポーターであれば、批判することも必要なのです。
我々サポーターは、クラブの成長を見守るのではなく、自分達自身が育てていく意識がなければなりません。そうしなければ、皆の理想とするクラブにはならないからです。
 
 いつかレッズがそんな批判をせずとも、しっかりと世界の荒波の中を進んでいけるクラブになったら、その時はビューボックスのチケットを買ってワイングラスを傾けながら観戦します。




 今朝の埼玉新聞に、一面からスポーツ欄にかけてフィンケ監督のインタビューが載っていました。内容はいつものボールオリエンテッドうんぬんです(笑)。

W杯ベスト4に残ったチームは皆ボールオリエンテッドなサッカーだったとか。それを目指すには時間がかかるとか。ほんとにいつものお決まりの文句が並んでいるだけなので詳しい内容には触れません。


 ただ、フィンケ監督にとっても、今回の南アフリカW杯から受けた影響は少なからずあったような雰囲気は感じられる記事だった(キャンプでの守備の改善について少しふれている)ので、リーグ再開に向けてのフィンケへの希望としてとらえても良いのかな、とも思いました。

 

 フィンケ監督が今目指しているサッカーは、自分には80年代後半にミランを率いたアリゴ・サッキのプレッシング戦術の模倣でしかなく、時代の流れを読んだモダンサッカーだとは思えません。(これについては後日詳しく書ければ良いと思っています)

90年代前半にフライブルクで旋風を巻き起こした時代においては、確かにモダンであったとは思いますが・・・。



 コンビネーションうんぬん、新しい戦術改革うんぬんなどは、やって当たり前なのです。

オフトやギドやオジェックもやってきている当たり前の事なのです。当たり前の事をやって、どんな結果が残せるかが大事なのです。



 時代の流れを汲み、さらに時代の先を読み、自分達に合ったバランスを見つけること。

これはどんなクラブにも、どんな監督にも求められることで、その中で結果を出していくことが、時代のトップを生きていくことに繋がるのです。



 60歳を越えれば、男なら誰でも頑固になったり、新しい物を吸収する力が衰えたりはしますが、今回のW杯で垣間見れた世界のサッカーの流れが、フィンケ監督に少しの変化を与えることを期待します。



 以下、そのあたりをレッズの歴史と世界のサッカーの流れを、2005年に行われたオフサイドルールの解釈の変更にからめながら考えて書いていきたいと思います。





 ギド・ブッフバルトが浦和の監督に就任した時に、どんなサッカーを目指すと言ったか、どれだけのレッズサポーターが覚えているでしょうか。

http://www.urawa-reds.co.jp/tools/page_store/nimages/news_1006.pdf

攻撃的サッカーをしたいと言ったのです。

そして、こうも言っています。

http://www.urawa-reds.co.jp/archive/R_voice/Vol54/p04.html

「私は、1-0で勝つよりも3-2で勝つほうがいいと思っています。スタジアムにいらしたみなさんも、魅力的なサッカー、攻撃的なサッカーを期待しているでしょう。そういうサッカーをお見せしたいと思っています。」

結果はそれ以上に良くて、守備もしっかりできていましたよね。優勝も経験しました。





 最近、どういうわけかギドやオジェックの時代のサッカーを腐すような事を言う人が多いような気がしますが(誰かを持ち上げる為のスケープゴート?)、過去というのは大袈裟に美化されることもあれば、逆に負の遺産であるかのようにも言われるものですね。

上にアドレスを載せて書いたように、ギドが目指していたものの根幹はフィンケが目指しているものと変わりなく、攻撃的で魅力的なサッカーです。それなのになぜ「ギドの時の古いサッカーに戻るのはうんざり!」などという意見が出てくるのでしょうね。



 ギドの時代には、その時代のサッカーがあり、その時代の課題があり、それに取り組んだ結果として優勝を経験できたり、また新たな課題を見つけることができたのです。決して負の遺産などということはありません。誇れる財産です。







 オジェックになってからは、攻守のバランスを、より守備的にシフトしました。

では攻撃的サッカーを志向しなかったオジェックは批判されるべきでしょうか。それも違います。

守備的なシステムへのシフトはオジェックの志向、或いは嗜好によって成されたものではありません。



2005年にオフサイドルールの解釈が変更になったのが原因です。

オフサイドポジションにいる選手でもプレーに直接関与しなければオフサイドは適用されないというルールです。

(ちゃんと調べていなくて申し訳ないのですが、確か2003年頃から本格的に始まったプロジェクトで、細かい解釈の違いやニュアンスのズレによって生まれる誤解を、ハッキリ明記して施行されたのが2005年だったかと思います。記憶違いだったらごめんなさい。ググり方が下手なのでいまいち正確なソースが見つかりませんでした)





 このルール変更は、世界のサッカーの戦術スタイルに大きな影響を与え、選手のポジションごとの役割にも多くの変化をもたらしました。



 攻撃側がオフサイドトラップをかいくぐる戦術を考案し、守備側もまた、オフサイドトラップの頻度を減らしてリトリート戦術の比重を高くしてこれに対抗したのです。



 つまり、ミランでのアリゴ・サッキの戦術改革から始まった最終ラインを高く保って前がかりに攻めるプレッシングサッカーやポゼッション偏重サッカーの時代は終焉へ向かっていったのです。



 オフサイドトラップを狙うことが難しくなり、それに伴って最終ラインの裏を取られる可能性が大幅にアップしたことから、守備時には前線からのプレッシングを仕掛ける手法ではなく、一旦自陣にリトリートして守備ブロックを作ってからプレッシングを開始する手法が主流になり、それまでの前後がコンパクトな陣形から、全体が少し間延びしたシステムが採用されることが多くなったのです。(後に詳しく書きます)



 守備ラインを高く保つシステムが好まれた時代には、GKが高い守備ラインの背後の広く空いたスペースを埋めるべく前方に飛び出していって守備に参加する為に、足元の技術の向上も大きなテーマとなっていましたが、オフサイドルール変更によって、それほどGKにフィールドプレーが求められることもなくなり、本来のゴールマウスを守る仕事に専念できるようになった、というのも大きな変化です。

(GKが攻撃の組み立てに参加する機会の多い戦術スタイルが主流の現代サッカーでは、GKの足元の技術が必要な時代であることに変わりはありませんが、ゴールから離れた遠い位置まで飛び出していって守備をするという機会は今後ますます減っていくと思います。)



 サイドバックの上がりについても、裏をとられた場合の危険性が高まった為、一時期流行った両サイドが同時に高い位置取りをするような(例えばオシムサッカーのような)戦術はハイリスク過ぎる為にあまり見かけなくなり、片方のサイドが上がれば片方は絞るなどのオーソドックスな手法を選択するチームがほとんどです。



 近年、フォーメションの表記が、4-4-2は4-3-1-2や4-4-1-1、4-5-1は4-2-3-1や4-1-4-1など、以前のDF、MF、FWの3ラインの表現ではなく、より細分化した4ラインで表現するのが主流になりました。

これもオフサイドの解釈が変わったことにより高いライン設定のチームが減り、全体が少し間延びしたシステムが流行し、それぞれのシステムの違いを、より細かく表現する必要性が生まれたからだと言われています。





 今回の南アフリカW杯では、スペインやオランダなどが、本来の攻撃的サッカーができていない、という評価をする人が多くいましたが、こういった国のサッカーに変化が生まれたのも、オフサイドルール変更が少なからず影響していると言えます。



 スペインやオランダのように、ほとんどの試合を自分達が攻撃の主導権を握ってプレーできるチームであっても、やはりオフサイドルール変更後から、カウンター対策として最終ラインの位置取りや攻撃時にかける人数の見なおしが繰り返し行われ、W杯本番までに辿り着いた結論が、やや守備時のポジション取りへの意識が強まったあの攻守のバランスだったのです。



理想はもっと攻撃的で美しいパスサッカーやポゼッションサッカーであっても、万が一守備ラインの裏をとられて失点してしまっては、一発勝負のW杯の戦いで勝ち上がることが難しくなってしまいます。

リスクを犯した積極的な仕掛け(攻撃)への拘りはひとまず我慢して、攻守のバランスに重点を置いたのは、ルールと現実から導き出された、勝つための必然の選択だったのです。





 2006年のドイツ大会でもこのルール変更の影響で、ラインを高くして守るチームは少なかったものの、ルール変更からあまり時間が経っていなかったことで、それに対応した攻撃戦術、守備戦術が各国で徹底されるまでには至りませんでしたが、今大会ではほとんど全ての国がそれらの戦術を理解、マスターし、それゆえ、素早くリトリートし、ガッチリ守備を固める国が多くなったのです。

日本やスイスのように最初から守備的な戦いを強いられる国だけでなく、勝つことが義務となっている強豪国にとっても、それはなおさら大事なテーマだったはずです。





 オフサイドルール変更の当初は、これは攻撃側に有利なルールだと言われていました。

例えば2トップで相手の守備ラインと対峙した場合、片方のFWがラインの裏を狙う動きで相手のDF選手を引き付けてラインを乱し、もう片方のFWが裏を取るなどの戦術が可能になるからです。

以前のルールでは、守備側はどちらか一方のFWでもオフサイドトラップにかけてしまえばよかったのですが、現行ルールでは「プレー(ボール)に関与する選手」を見極めてオフサイドにしなければいけません。



 「プレーに関与する選手」の解釈が、今後もっと細かく規定されたとしても、同時にそれをかいくぐる戦術も複雑化するのは確実で、それを審判が人間の目で「関与した」「関与していない」と振り分けることは困難で、たとえビデオ判定を導入しても、そこに関与する意志が選手にあったかどうかを見極めることは不可能です。

これをDFの選手が自分の目で瞬時に判断してオフサイドトラップをかけるのはなおさら困難ですから、現状ではオフサイドトラップを保険として高い位置でプレッシングをするよりも、サッと引いて守備ブロックを作るほうが懸命な判断と言えるのではないでしょうか。



 しかし、この新ルールは欠陥ではありません。むしろオフサイドのルールが高い完成度に至り、正しく適応されるようになったのです。

近代サッカーで当たり前のように使われるようになったオフサイドトラップこそが、オフサイドのルール解釈の穴を巧みに悪用した戦術なのですから(笑)。


 オフサイドとはそもそも攻撃側の反則に当たる行為であったのに、反則するつもりはなくても守備側の戦術によってオフサイドに嵌められてしまう。つまりオフサイドは守備側に有利なルールとなってしまっていたのです。



 FIFAが新ルール適用に踏み切った狙いの1つに「得点数の増加」があります。「オフサイドが無ければもっと点が入って面白くなるのでは?」というサッカー初心者にありがちな素朴な疑問を、サッカーの専門的な視野に立って解決しようと試みたのです。



つまり今までの守備側に有利なオフサイドルールから、攻撃側に有利なルールへと変えていくことで、オフサイドの存在意義を本来の正しいバランスに導き、得点チャンスを増やし、スペクタクルなサッカーの発展を促す為の試みです。



 では、その狙い通りの結果になったのでしょうか?



 新ルールは大方の予想通り攻撃側が有利になったのですが、今度はそれを食い止める守備の研究開発も急速に進み、現時点ではその戦いはこう着状態となりました。

守備側がオフサイドトラップをアテにしなくなって引いて守ることで、攻撃側もオフサイドラインの攻防の回数が減る結果になったのです。



 実際、ある国のリーグ戦のデータでは、シーズン全体のオフサイドの回数が減ったそうです。

これは「オフサイドが無くなればいい」という願いに少し近づいていると言えます。この点に関しては大方FIFAの狙い通りになっていると言えます。



 では、スペクタクルで面白いサッカーに繋がっているかといえば、南アW杯でも「つまらない試合が多かった」という感想の人が沢山いた現実からすれば、その点に関してはまだFIFAの思惑通りには事が進んでいないと言えます。



 しかし、素早くリトリートする戦術の流行により、攻撃側は相手が守備ブロックを形成するよりも早く相手ゴール前に人とボールが侵入するプレーをする必要性が、以前よりも大幅に増した為、ポゼッション主体のスタイルより、素早く敵陣に切り込んでフィニッシュまで持っていくダイレクトサッカーへの転換がこれからのサッカーに必要になってくるでしょう。



 それによって、よりスピーディーに攻守が入れ替わる、今よりももっとダイナミックでスペクタクル溢れるサッカーの新時代が訪れたとしたら、ルール変更はFIFAの狙い通りになったと言えるし、そういうサッカーのヒントとして、南アW杯でチリ代表が見せた戦い方などがあり、世界は新時代の幕開けの一歩手前まで来ていると思います。



 しかし、また新ルールを巧みに悪用してオフサイドの意義をぶっ壊す悪知恵のはたらく族が早くも現れて、イタチゴッコの様相を呈しているのも事実です(笑)。





 だいぶ脱線しました・・・。話をレッズに戻します。



 2006年に浦和の監督に就任する前のオジェックは、FIFAの技術委員会の委員長を務めていたので、このルール変更に至るまでの経緯を良く知っていたはずで(ルール変更への取り組みは2003年頃から行われてきたことなので、新ルール制定にはオジェックが直接係わっていたかもしれません)、それによって生まれる新戦術を予測し、それを自らが率いるチームに適応させないはずがありません。



 ギドの時代より守備ラインを低く設定したのは、時代の流れに沿って考えた当然の戦術路線なのです。



 前方に多くの選手を飛び込ませて前がかりに攻めるのではなく、しっかり守備をして、ボールを奪ったら素早く展開して攻める。

その際に攻撃の基点となるポジションにいたのがワシントンであり、オジェックとワシントンの関係に亀裂が入ったのも、この責務をワシントンが果たさずに、FWの本能のようなエゴイスティックなプレーに走ってしまったことが発端でした。(それ自体でワシントンを非難するつもりはありません。身心に染み付いているプレースタイルを変えるのは容易なことではありませんから)





 ギドの時代には攻撃的に次々とショートカウンターを仕掛ける戦術が可能でした。

オジェックの時代には、オフサイドルールの変更に伴って、ラインを引き気味にする戦術が主体となりました。

つまり、ギドもオジェックもサッカー戦術の時代の移り変わりに適応しつつ、攻守の最適なバランスを見つけ、結果を出してきたのです。





 世界のサッカーの流れを読み、それに適応することは、いちいち口に出して言わなくても、“当たり前”なのです。



そしてその当たり前の課題の克服は、フィンケの言うように「長い時間がかかる」ものです。

でもだからといって、それを逃げ口上にして結果から目を背けてはいけません。



ギドもオジェックも、或いはゲルトも、そこから目を背けることなく、逃げずにやってきたのです。

そして浦和は今に至るまで幾人かの監督の指導を経て、長い時間をかけてその課題克服に取り組み、少しずつ改善、成長してきたことで、結果を出してきたのです。





 目先の勝利に飛びついて、その場凌ぎの戦術で勝ってきたといえばそれまでであり事実でもありますが、その「積み重ね」が浦和を強くしたのもまた事実です。



これは未来の無い短期的な考え方でしょうか?違います。これはクラブの一貫した哲学に基づき「積み重ね」を繰り返した長期的なプロジェクトであり、事実、それが文字通り「結果」「成果」として実を結んだのです。





 結果を出し続けようと取り組み、その為に課題を克服しようと試み続けること、それは長期的なプロジェクトとして、フィンケが浦和に来るはるか以前からやってきたことであり、クラブの大義の哲学として持ち続けてきたものなのです。だからそれが出来ないチームにはサポーターはNO!を突きつけてきたのです。





 一人の選手を特別扱いしてはいけない。というのが正しい道理なら、監督にも同じ事が言えるのではありませんか?



 一人の哲学によって、大義の哲学が歪められることがあってはいけません。

100人の意見がある中で、1人の意見に偏ってしまったら、残りの99人の意見はないがしろになるのです。(



 サッカーに攻守のバランスがあるように、クラブの考え方にもバランスが必要です。そのバランスはクラブの大義の哲学によって保たれるのです。



 戦術は時代の流れやチームの状況によっていくらでもブレて構いません。バランスが変わっても構わないのです。



 なにより大事なのは、大義の哲学である「絶対に勝つ」という気持ちがブレることなく、その大義を拠り所にし、全ての人の意見が尊重されるバランスを見つけることなのです。





-おわり-







※竹書房 機動戦士ガンダム ジオンSIDE


機動戦士ガンダム 総監督:富野由悠季インタビュー「ファースト創作論」より



-前中略-


富野「つい「私はこう思う」という色を出してしまうんです。ガンダムのホワイト、ガンダムの目の色、全てその人が思っている色を出してきます。 -中略- だけれど、それをしない。代わりに、7、8人のスタッフの意見を聞き、その中庸に持っていくようにしたのです。 -中略- これは強権発動をする人がいたら、その瞬間に狂う作業です。そして、技術主体で行っても、狂います。」


-中略-


━スタッフにも思い入れのある作品だからこそ、難しいのでしょうね。


富野「だからこそ、先程から申し上げている通り、マニアになるのをやめる。思い入れをしない。なぜなら、これだけたくさんのファンがいるからです。100人のファンに対して何かを作ろうとした時、もし1人の意見に偏ればその瞬間、他の99人を否定することになるわけですから。」

占いチンパンジー

占いタコのパウル君が世界中から買取オファー殺到で
文字通りひっぱりだこらしい。

タコ一匹でビジネスになるとは。


よし、うちもチンパンジーのみつおを使って占いで一儲けしよう。


W杯期間中断明けのJリーグで占ってみよう。

G大阪×浦和。

グフが大阪でレディアが浦和。

みつおが抱きついたほうが勝つ。


よし、よぉ~く見るんだみつお。
ほぉ~らどっちがおいし・・・勝ちそうだい?



おお~っと、みつお君はレディアを選びました!
チンパン占いは浦和の勝ちです!


世界中からみつおの買取オファー殺到だな。

2010年7月12日月曜日

南アW杯終演。そこから次の時代を考える。

W杯はスペインの優勝で終わったね。

パスサッカー、ポゼッションサッカー、攻撃サッカーと言われるスペインが結果を出したことで、これからの世界のサッカーはどんな方向に向かっていくのかな。

スペインのスタイルを模倣したり改良したりしたパスサッカーが隆盛するだろう、というのが大方の予想だけど、自分は他に幾つかの可能性もあると思う。

1つはパスサッカーの隆盛と、攻撃的サッカーが善、守備的サッカーは悪、という流れ。
しばらくはここ最近の流れにさらに勢いがついてパスサッカーが流行るだろうね。でもスペインのような高いポゼッションを可能にするには、やはりそれなりに高い技術を持った選手を揃えるチームにしかできないから、パスサッカーが流行ったところで強豪国(クラブ)の勢力図が大きく変わることはないと思う。

ただ、そこへきて「守備的サッカーは悪」という風潮が蔓延してしまうと、お金の無い国や地方の小クラブは大変だね。強いチームに対して引いて守ったら悪者扱いされてしまうんだから。そこで弱小クラブが勝ち目の無い攻撃サッカーを選んだら、当然お金持ちのビッグクラブばかり勝つようになってしまう。

それって本当にサッカー界を面白くする時代の流れなのかな?一方のチームが高いポゼッションだったら、当然もう一方のチームはポゼッションが低くなるのに、なぜ攻撃側だけが善というような風潮が生まれるのかな?矛盾してると思うけど。
戦い方に善も悪もないよ。それよりも今回のW杯でも強豪と言われる国のほとんどが、パスサッカーやらポゼッションやら呼ばれているけど、正直な感想として、ダイブばかりの「シミュレーションサッカー」が一番しっくりくる呼び方だと思う(笑)。それこそ明確な悪として世界中のサッカー人が考えるべきだよ。


もう1つの考えられる流れは、逆に「パスサッカーの攻略」が進むこと。
南米や欧州の強豪は、もしかしたらこっちの流れになるかもね。スペインを徹底的に研究して、パスサッカーを破壊すること。
この流れは既に今回のW杯でも中堅国を中心に動きつつあったよね。今回はパスサッカーや攻撃サッカーの上位進出を許してしまったけど、これでパスサッカー最強!守備サッカーは勝てない!と決まったわけじゃなくて、今回のように守備をガッチリ固めてパスサッカーを攻略するというやり方以外にも、守る側が今後はまた違ったやり方で戦う時代が来るかもしれない。
ただ中堅以下の国には、それを可能にする選手が足りないということもあるから、そういった流れは強豪の中から生まれる可能性のほうが高いかもね。


そしてもう1つは、パスサッカーでもポゼッションサッカーでもない、全く新しいサッカーが生まれること。
上に書いたようなパスサッカー攻略の流れの中で、守備的にパスサッカーを崩すのではなく、攻撃的か、或いは攻守のバランスの良いサッカーか、今までの概念を覆すような戦術が生まれる可能性もあるということ。

どんなサッカーが生まれるかは全く想像がつかないけどね。でも想像がつかないサッカーが新しく生まれたら、それがパスサッカー最強の時代のように、新しい最強への道を歩んで行くと思う。
個人的には日本や浦和は、強豪の技術や戦術を盗みながら、こういった独自に開発したサッカーで歩んでほしいと思ってる。それには攻撃サッカーは善、守備サッカーは悪、のような固定観念にとらわれないことが大事。どんなサッカーからも良い部分は吸収すればいい、悪いところは真似しなくて良い。


最後に考えられる流行は、世界中でタコを飼うのが流行ること(笑)。
まぁ占いで勝敗を当てたところで、その占いの結果を覆すことができなければ何の意味もないんだけど。それが覆ったら、それは当たらない占いになってしまうからどの道意味は無いか(笑)。



何れにしても、W杯というのは、こうした世界のサッカーの流れを生む、とても影響力のある大会だ。


その影響力を利用して、FIFAには是非とも「審判の育成」にFIFA自らがもっと力を注いでほしいと思う。
今大会でも、審判のジャッジや裁量が試合の流れに与える影響が、あまりにも大き過ぎた。それは好ゲームを台無しにしてしまうことになるし、それによって審判の負うプレッシャーや責任が過度に増えてしまい、次のミスを生むことにも繋がる。

完璧なゴールやオフサイドの見逃し、それから決勝の延長戦でのスナイデルのFKがスペインの壁に当たったのを見落としたジャッジは、W杯、それも決勝という世界最高の舞台としては、あまりにもお粗末。

各大陸から審判を選抜するシステムを採用するのなら、大陸ごとにジャッジの基準のズレがあることは大きな問題だし、審判のレベルそのものにも大きな隔たりがあることへの改善策を早急に見つけなければいけない。

制定したルールを広めるだけでなく、審判の育成にも何か手を打たなければ、次の大会でも多くのミスジャッジが生まれてしまうのは確実。これまでの大会もそうだったように。

人間のやる事だからミスが生まれるのは当然。人間のやる事だからドラマが生まれる。などと開き直ったり諦めたりしてはいけない。人間だからこそ改善策を見つけて成長すべきだし、それが出来ない部分については審判の人数を増やすとかビデオ判定の導入も必要だ。

ビデオ判定を入れると試合の進行が遅くなる?ハードディスクレコーダーなら巻き戻しやスロー再生もすぐできる。第4審、第5審がビデオチェックして主審や線審に無線で伝えればいい。慣れればスピードも上がるし、レコーダーの技術だってどんどん良くなっていくし、電器メーカーもスポンサーとして喜んで協力してくれるだろう。

審判は人間だからミスを犯す。でも人間だからこそ、守られなければいけない。意図したものではないミスが、文字通り致命的なミスとなり、審判の未来が壊されてはいけないのだから。


それともう一つ。
やはり今大会でも、審判の目を欺くシミュレーション行為が、サッカーファンとして悲しくなるくらい多く見られた。シミュレーションサッカー全盛の時代だ。

勝つためにやってることだからとか、マリーシアだとか、サッカーは元来こういうものだ、とか言う連中もいるが、FIFAの方針としてはこれを厳しく取り締まるという声明を出しているわけだから、その声明通りにシミュレーション撲滅にもっと力を入れるべき。

「非紳士的行為」という言葉はもう使われなくなってしまったけど、この言葉の復活を強く望む。

スポーツマンシップとか、ルールだからとか、そんな意味でシミュレーションを語るのではなく、紳士として、人として、やってはいけないこと、というのを、サッカーを通じて世界に広めていくべき。
今のままでは、これからも世界はズルしたもん勝ちで終わってしまう。

サッカーは戦争じゃない。

サッカーは人間同士が平和的に争える世界最大のゲームなんだ。

2010年7月11日日曜日

スペイン、オランダから学ぶ事。

W杯今大会で決勝に進んだスペインとオランダは、相手の攻撃を受けてから動くリアクションサッカーではなく、自らアクションを起こして「自分達のサッカー」で戦うチームだと言われる。

そして、「だから彼らの戦術を手本にしてパスサッカーやポゼッションサッカーを目指すべき」と多くの国やクラブの監督、首脳が言う。

2つとも正しい意見だと思う。


ただし、スペインやオランダの戦術をコピーすれば強く、美しく、面白いサッカーが出来るようになるかといえば、それは違うと思う。


スペイン、オランダのサッカーが他のチームと違うところは、戦術ではない。

ボールをしっかり止める技術だ。


例えば、相手のバイタルエリアで、パスを受ける味方選手が相手に厳しくマークされていても、数的不利に立たされていても、彼らはそこに普通に、なにげなくパスを出し、そのパスを貰う選手は、自分の間合いでボールコントロールできる場所にピタリとボールを止める。
それによってワンタッチ、ツータッチで、またさらにサイドにパスを出したり、ミドルを狙う選手にボールを落とすことができる。

「リスクを犯して攻める」という言い方があるけど、彼らにとってその一連のプレーは、決してリスクの高いプレーではないのだと思う。

しっかりボールを止めることのできないチームにおいてはハイリスクなプレーでも、ピタリと止める技術があるチームにとってはそのリスクが大幅に軽減される。



現代サッカーは、攻撃的であれ守備的であれ、ポゼッションサッカーであれカウンターサッカーであれ、「トータルフットボール」を基本としている。
それぞれの戦い方に違いが生まれるのは、単にチームが抱える選手の能力の違いや特徴が違うからであって、それによって選べる戦術の選択肢が限られているからに過ぎない。

スペインやオランダは、パワープレーや肉弾戦よりも、ボールコントロールで勝負するのが得意。
ボールをしっかり止める技術、正確にパスを出せる技術、そういった基本技術が高いレベルにあるからだ。もちろん相手より体格やパワーで勝る場合はそれを有効利用した戦い方を選ぶこともできるから、パスサッカーの他に戦術の幅が広がる。

審判のジャッジが、身体の激しい当たりや、背後からのファウルを厳しくとる傾向に進みつつある現代サッカーにおいては、ワンタッチ、ツータッチでパスを繋ぎ、それによって相手への身体の接触が減るサッカーのほうが有利にプレーすることができることも、パスサッカー隆盛の一因。
だからパスサッカーの未来は明るい、と考えることに間違いはない。


ただしやはり、いくらパスサッカーが強いといっても、止める、蹴る、の基本技術がしっかりした国やクラブが勝つことに変わりはない。

つまり、スペインやオランダから学ぶべきはパスサッカーという戦術よりも、まず、しっかり止める、蹴る、といった基本技術のほうなのだ。



小野伸二がオランダのフェイエノールトでプレーしていた時、監督は現オランダ代表監督のファンマルバイクだった。

トリッキーなテクニックを使ってプレーする小野に、ファンマルバイクが「サーカスプレーはいらない」と注意したというエピソードがある。

小野は日本サッカー史上、正確にボールを止める技術が最も高い選手だと思う。フェイエのチームメイトからも「チームで小野が一番うまい」「オランダ代表の誰よりもうまい」という声も多くあった。
それくらい技術の高い小野であってもファンマルバイクは「もっと正確にプレーしろ」と要求した。

そしてオランダやドイツのサッカーを経験して日本に戻ってきた小野は、口癖のように「しっかりボールを止めて蹴ること」の重要性を説くようになった。

このファンマルバイクが小野に要求した理念は、現オランダ代表の躍進に大きく関係していると思う。

フェイエやファンマルバイクの理念というより、オランダの理念なのだ。

かつて日本代表や磐田、浦和などで指揮をとったオフト監督も同じオランダ人で、同じ理念の持ち主だった。
浦和では前掛かりな攻撃的サッカーや美しさや華やかさを選ばず、「追い越し禁止」などの制限を設けて、まずしっかりパスを繋ぎ、正確にプレーすることを教えた。

W杯今大会のオランダ代表には「勝ってはいるけど美しさ、華やかさが足りない」という意見もある。
ではオランダらしくない試合をしているのだろうか?それは違う。しっかりボールを止めて蹴り、正確にプレーするというオランダの理念が強く息づく、オランダらしいチームだ。


日本や浦和が学ぶべきことは、戦術のうわべの美しさではなく、まずその基礎、基本理念だと思う。
それを学び取り、身に着けることができなければ、パスサッカーで強くなることはできない。

2010年7月7日水曜日

ジュニアユース世代からの育成の成果。

Dカップ? Eカップ?

ノー!!

ディス・イズ・ワールドカップ!!



これぞワールドクラス!!
まさにワールドカップ!!

タ~マしぃ~レボリューショオォォォン!!

2010年7月6日火曜日

浦和スタイルを作ろう!

っていう話が、

いつのまにか欧州スタイルをなぞる話にすり変わってるような気がする今日この頃。


今の欧州スタイルをなぞって10年かけて追いついたところで

その頃には世界のスタンダードはもう違うスタイルになってるよ。

南米かもしれないし、アフリカやアジアかもしれないし、日本が世界の中心かもしれない。


サッカーの教科書の内容を暗記すれば、誰でも賢くなった気になれる。

だけど賢いのは教科書を書いた人であって、読んだ人ではない。

本当に賢い人というのは、教科書には書いていないことを始める人なんだ。

そしてそれが新しい教科書に書き加えられていく。


新しいサッカーの発明が、次のスタンダードを作る。



教科書をなぞるだけじゃなくて、浦和は浦和の勝ち方を探し求めて

Jリーグらしく、浦和らしく、新しい旋風を巻き起こしていくべき。

それが浦和スタイル。

どこにでもある強豪クラブなんか目指してない。

Jリーグモード突入。

というか浦和モードか。

W杯はまぁ、もういいかな。
リアルタイムで見ることに拘ってるわけではないし、優勝予想とか全く興味ないし、
なにより寝不足が続いてくたびれた(笑)。
準決勝からはあとでゆっくりビデオで確認すればよし。



ザスパ草津とのPSマッチ。
負けたけどね、これはまぁ日本代表がW杯直前に強化試合やったのと同じ意味合いだから、自分はとくに結果についてどうこう言うつもりはないんだけど(結果にこだわった姿勢で試合してさえすれば)、
それより、この時期にお客さん入れてPSマッチする意味があるのかどうかが疑問。

これも代表の強化試合と同じで、お客さん入れるからには結果が悪ければ批判されてしまう。
繰り返すけど、結果にこだわって試合するのはどんな試合であっても当たり前で、それは勝つために何が必要かを考えながらプレーすることを、反復練習として行う意味があるから。
パスやシュートやコンビネーションの反復練習と同じで、勝者のメンタリティを無意識に持てるようにする為の反復練習。
だからPSマッチでも紅白試合でも勝ちにこだわることは必要。
ただ、それはあくまでも練習だから、それで結果が悪くても批判する必要はない。本番で結果が出せるようにする為の練習だから。

でもお客さん入れて試合する以上、やっぱり結果も内容も問われてしまうよね。
中断明けのリーグ戦への期待だって、そこで判断されてしまう。
監督の試合前と試合後のコメントでは、そこのところがすごく曖昧なまま試合が行われてしまったような印象。クラブがもう少しフォローできるような体制で試合を組むべきだった。

本来、中断明けのコンディション調整を最優先に考えて行われるべき試合だったよね。
ここから夏本番で体力的に厳しい季節になってくるんだから、軽く調整してリーグ再開に備えるべきだと思う。
再開一週間前に韓国で試合するのもちょっとどうかな・・・。
やるなら以前のさいたまシティカップのように、海外の強豪クラブを呼んで親善試合にすれば、ちょっとしたお祭り気分で、勝敗が大きく扱われることなく調整試合ができたんじゃないかな。

優勝やACL圏内を狙うクラブなら、リーグ終盤にコンディションのピークを持っていきたいわけだし、たとえ中断明けの試合内容がグダグダになったとしても、今の時期からコンディションを先読みしていくべき。
夏の疲労の蓄積が秋に出て、リーグ終盤に盛り返せなかったらアウトだから。



もうひとつ疑問。
今の時期にとくに選手補強はいらないとは思うんだけど、ずっと気になってたのは、「バルサやスペインのようなサッカーがしたい」と言っているクラブに、選手にもコーチにも、なぜかスペイン人がひとりもいない事(笑)。スペインでの指導経験やプレー経験を持った人って誰かいたっけ?

スペインサッカーについては、スペイン人にしかわからない部分があると思うんだよね。育成年代からトップチームまで一貫した方向性でやってるっていうんだから。

日本サッカー協会では、最近になってスペインから講師(指導者)を招いたり、日本の指導者なんかをスペインに留学させたり、少しずつだけどやってるらしい。

「こんなサッカーをやりたいんだ!」って言うからには、そういう姿勢を見せてほしい。



日本代表は、みんなが岡ちゃんに手のひら返したよね(笑)。
自分は監督交代するならセルビア戦がリミットで、そこで協会が続投を決断したら、それを信じて、岡田さんについていこうと思ってたんだけど、それは札幌、横浜FMと、岡田さんにはヒドイ目にあわされて、その時の岡田さんが健在であれば、必ず結果はついてくると思ってたから。

でもやっぱりそれ以前はくたばれクソ野郎と思ってた(笑)。
結果が出ないのは日本がもともとそういうレベルだからだと思ってたけど、中身が気に入らなかったから。

だけどさ、普段からJリーグ見てる人なら、みんな、自分と同じで、手のひら返す準備はできてたと思うんだよね。
札幌や横浜であれだけのことが出来る人だったから。

んでもって、フィンケ監督。俺は今は信用してないんだ。
でも去年から見てきて、やれる力があることには俺だって気づいてる。

だからいつでも手のひら返す準備は出来てる。
フィンケ監督が、やるか、やらないか、それだけ。

2010年7月2日金曜日

W杯を楽しもう。

日本のベスト4という目標は、あくまで目標であって、ノルマではなかったはず。
そこを勘違いをして
「ベスト4が達成できなかったのだから賞賛すべきではない!」
「ここで満足してヘラヘラ記者会見してるようでは先が無い!」
と声高に主張する頓珍漢な人も多くいる。

そもそもベスト4という言葉が出てきたのは、岡田監督が
「同じアジアの韓国だって2002年にベスト4にいってるんだから、日本にだって出来るはず」
と選手達にハッパをかけたのが、マスコミに「目標はベスト4!」と大々的に報じられてしまって
そこで岡田監督は「そんじゃまぁ、それで行くか」と公式に目標をベスト4に設定したのが始まり。
公式に決めたからといって、選手達や自らにかけたハッパであることに変わりはない。このへんはずっと日本サッカーを追いかけているファンならわかるよね。

もともと岡田監督、日本代表に課せられていたノルマはW杯出場権の獲得だけだった。
そして、サッカー協会が公式にW杯での成績面での目標やノルマを定める前にベスト4発言が大きくなってしまったから、じゃあ協会もそれに応じてバックアップしていきましょうという流れになった。


もともとあったノルマというか目標は、オシム監督の時に定めた「日本サッカーの日本化」なるあいまいなものしかなく、W杯本大会の結果を問うことよりも、日本人らしいサッカー、日本の良さを生かしたサッカーを追い求めることが主眼になっていた。
日本サッカーの方向性を見つけて、それでどれだけの結果が出るか、今までの限界を超えられるか、というのが、とりあえずの狙いだったから、成績としての明確な目標は無いけれど、いつも日本サッカーを見ているファンなら、まぁだいたいどれくらいの成績が出せればOKかというのはわかっていたし、とくに異論はなかったはず。(「だいたい」というのは「グループリーグ突破」あたり)

個人的感想としては、オシム監督の時はオシムらしいサッカーであり、日本人らしいサッカーだったかは疑問なんだけど、じゃあ岡田監督が日本人らしいサッカーをやったかどうかってのも、今の時点で判断することは難しい。W杯といってもたった4試合やっただけだからね。
でも岡田監督らしいサッカーではあったと思う。オシムらしいサッカーと同じで、どうしたって監督のテイストは反映されるから。


でもね、戦術的な部分は置いといて、日本は実に日本人らしいサッカーをやったよ。
これはベスト16をよしとするかどうかの前に、大きく評価してやらなきゃいけないことだよ。

それは、フェアプレーだったこと。

完璧なフェアプレーとは言わないけど、フェアプレー賞最有力候補だよ。

これからベスト8勢の試合が始まるけど、みんなよ~く見ててよね。世界中から「美しいサッカー」と賞賛されている連中の、きっっったねえプレーをさ。真のアンチ・フットボールをさ!

全部の国とは言わないよ、フェアプレーを心がけているチームもあるし、心がけていても、ついカッとなって暴力的な行為に走ってしまうこともある。
そうじゃなくて、故意に相手選手を傷つけたり、大袈裟に転んで審判の目を欺いたり、それによって相手選手をカード対象にしたり、不当に勝利を得ている連中がいる!!そしてそれを勝負に対する執着心だとか言って無理矢理正当化する連中がいる!

そういうクソ野郎どもの不当な勝利を差し引けば、フェアプレーを志した日本は世界トップレベルのチームなんだよ。
そう考えれば、日本のベスト16は、たいしたもんだよ。素晴らしいよ。(特にO久保はよく我慢した)

さぁ、日本は負けてしまって残りのW杯もなんだか寂しくなってしまったけど、世界の一流のサッカーを楽しもうよ。

超一流のきっっったねえプレーのオンパレードも楽しみでしょうがないよ!!!!